【最終回】 モノとこころの整理術 老いへの「ケジメ」

コラム

モタさんの言葉⑤

 ユーモアを忘れずに生きていれば、ユーモアを絶やさずに死ねるかもしれない。(本文より)

あの世はいいところに違いない

 死は誰にとってもこわいに決まっているが、こわさの度合いは人によって違うと思う。
よくしたもので、だいぶ長く生きてこられた方は、もういつお迎えが来てもいいと思っているようである。古老が、座敷で静かにお茶をすする心境だろう。
死がこわいのは、まだ人生の経験が少ない人、つまりより若い人だろう。
たいていの場合、死がこわい人に、お迎えが来るのは随分先のことなのである。
結局、生きるということは、死がこわくなくなるまで生きるということなのかもしれない。人生の酸いも甘いもかみ分ければ、死を従容として迎える心境になるということであろう。
考えてみれば、自分の親たちはもういないし、友人もだいぶ減ってしまった。若い頃に熱中した小説家とか、スポーツ選手とか、歌手などもすでにあの世とやらに旅立ってしまっているか、老境に入っている。
鏡の中の自分はだいぶ灰汁(あく)のない顔になってきたし、見回せば、社会は自分より若い人たちが動かしている。こういうことになったら、自分もそろそろ〝人生卒業〟だなと素直に思えるのではないだろうか。
生きている時間が長い分、楽しいことも苦労も若い人の数倍は経験している。やりたいことはだいたいやったし、知らないことといったら、あとはあの世くらいだという心境なのだろう。
人間、こうなると、死ぬことのこわさが軽減されるようだ。一生懸命生きていれば、そうなる。親も友人の何人かもすでに経験ずみのことだから、自分もここはひとつ元気に経験してやろう、という気になるのかもしれない。
私は好奇心の赴くところ、たいがいのことはやってきたから、好奇心の対象としていまだ見当がつかないのは、あの世を覗くことくらいしかない。旅行作家として、まだいったことがないというのも、少し残念な気がする。
あの世はいいところに違いない。
その証拠に死んだ人は誰も帰ってこない。
私は特定の宗教を持っていないから、こんな軽い感じであの世のことを考えている。どんな感じであの世を考えてもいいように思っている。(~中略)
前人未踏ではなくて〝後人未踏〟の世界へ踏み出すというのは、大いなる優越感に浸れる思いがする。

あの世へいくときも、ユーモアを忘れないで

 決して死を軽視するつもりはない。
それどころか私はかなり真剣である。神になっても仏になってもいいし、ならなくてもいい。とにかく、生きている人間の中では最初にいけるというところに生きがいを感じている。まあ、あの世にいくのが「生きがい」などというのもおかしな話なのだが。
死を愚ぐ弄ろうする気は毛頭ない。かといってあまりしかつめらしく考えたくもない。できれば、ユーモア感覚で、あっさりと考えたい。
今の科学で考えれば、死とは夢も見ずに寝ている状態ということなのだろうか。これもあまりおもしろいことではない。科学ではまだ解明されていないことも山ほどあるのだから、ここは「死んだ人が帰ってくる気もなくなるほど、楽しいあの世がある」と考えても悪くはなかろう。
もうひとつ。私はユーモアの神髄はみんなでいっしょに楽しくなることだと考えている。だからブラック・ユーモアはあまり好きではないし、誰かをたたいたり、転ばしたりして笑うのはユーモアではないと思っている。
つまり、「みんなで楽しくあの世にいこう」というくらいの気持ちで考えている。
もっとも、「あの世は楽しそうなところだから、みんなでいっしょにいこうか」といえば、ブラック・ユーモアになりかねない。「先にいって待っているから」というのも、早くこいといわんばかりで、いわれたほうはいい気がしないだろう。
とりあえずこのことについては何もいわないでいく気でいるが、気持ちとしてはそうなのだ。「みなさん、ひと足お先に」というくらいの感じである。
死生観などという大それたものは持ち合わせていないが、私はそんな感じで死んだ後のことを考えている。
そんなことをいつも頭の片隅においておけば、それが生き方の「ケジメ」になると思うのである。
ユーモアで死を考えるということは、ユーモアで生を考えるということと同じである。
欲張って生きれば、欲張って死ななければならないし、誰かを憎んだり恨んだりして生きれば、憎んだり恨んだりして死ななくてはならなくなる。
これはちょっとつらい。
ユーモアを忘れずに生きていれば、ユーモアを絶やさずに死ねるかもしれない。
生も死も、そのくらいに考えていいのではないかと思っている。
大切なことは、今を精一杯生きることである。

老いへのケジメ

斎藤 茂太(さいとうしげた)
精神科医・医学博士。「人生は悠々と、急がずあせらず」をモットーに、おだやかな人柄で知られ、「モタさん」の愛称で親しまれている。2006年11月逝去。著書多数。

 

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