歌手 水前寺清子さん

インタビュー

輝く人 インタビュー 1月号 Vol.76

「真っすぐに歩いていると真っすぐな人に巡り会える」
「チータ」の愛称で親しまれ、演歌歌手として活躍されて50余年の水前寺清子さん。
女優や司会業にも精力的に取り組まれ、代表曲「三百六十五歩のマーチ」の歌詞の通り、「汗かき、べそかき」歩き続けてきた芸能人生と、これからの目標について伺いました。

故郷・熊本から東京へ歌手を目指したのは父のため

水前寺さんといえば「元気」というイメージ。実際は?

子どものころは体が弱くて、走るのも体を動かすのも苦手でしたが、歌は得意で、そんな私を父は歌手にしたかったようです。そんなある年の暮れ、家族と夜行列車に乗って東京に向かっていました。
父親から「東京に行って歌手になるんだよ」と言われて。でも実際は、夜逃げだったようです。両親は熊本で化粧品店を営んでいましたが、事業に失敗したんですね。
「私を歌手にするために」というのは、私を心配させないための口実だったのかもしれません。でもまさか本当に歌手になるなんて、思ってもみませんでした。

歌手になりたいというわけではなかった?

 当時の私の夢は、大川橋蔵の着流しを真似て女剣劇をやるか、保母さんになること。極端でしょ?(笑)。だから父が歌のコンクールに応募してきても、父の喜ぶ顔が見たくて歌い続けているだけでした。15歳で準優勝し、歌手人生の起点となった「コロンビア全国歌謡コンクール」でも、受賞したことより賞品がうれしくて。そんな私に声を掛けてくださったのが、人生の恩師となる作詞家の星野哲朗先生です。当時、審査員を務めていた先生に「練習においで」と言われて、気楽な気持ちで師事したのです。でも、なかなか日の目を見れず、デビューまでに約3年かかりました。それまでにレコーディングした11曲は全てお蔵入り。1964年に12曲目の「涙を抱いた渡り鳥」で、ようやく水前寺清子の名でデビューしました。その時の喜んでくれた父の顔が、今でも忘れられません。

三百六十五歩のマーチと恩師の言葉に支えられた人生

三百六十五歩のマーチが大ヒットしました。

 作詞の星野先生からは着流しスタイルを命じられ、「今日から男になれ」と言われました。女剣劇に憧れていた私は「カッコいいじゃん!」という喜びが強かったですね。けれどこの曲をリリースする時、私は歌手人生の終わりを予感しました。

言わずと知れた名曲に?

 当時は演歌歌手である自分がマーチを歌うなんて、とんでもない!と思ったんです。レコーディングを拒否したほど嫌でした。その抵抗の証が「あなたのつけた足跡にゃ きれいな花が咲くでしょう」の中に入れたこぶしと、「ワントゥー ワントゥー」ではなく「ワンツー ワンツー」と日本語として歌いあげました。レコーディングは一発OKでしたよ(笑)。そして自分勝手な予想とは裏腹に大ヒット。星野先生が晩年「三百六十五歩のマーチは自分の原点だ」と話してくださり、私の考えも少しずつ変わりました。

チータという愛称は?

 私の本名である民子(たみこ)から「小さい民子の気持ちを忘れないように」と、星野先生に名付けていただきました。初心を忘れるなという先生の思いが詰まっています。星野先生からは素晴らしい言葉をたくさんいただきました。デビューまでの時期は「2番というのは、1番を目指す希望の星なんだ」と励ましてもらい、「一日を一生と思え」という先生の口癖は、今でも私の心に残っています。なかでも「真っすぐに歩いていると真っすぐな人に巡り会える」という言葉は、私の人生の道標です。

半世紀にわたる芸能人生を思い返すと?

 私が初めてNHK紅白歌合戦のトリを任された1983年の11月、脳軟化症(のうなんかしょう)で16年間寝たきりだった父が亡くなりました。発表まで口外できないルールでしたが、もしも「初のトリ」のことを父に知らせることができたなら、大みそかまで生きてくれたのかな……と今でも申し訳なく思います。
1970年にはドラマ「ありがとう」で役者を経験しました。今はテレビの情報番組の司会もさせてもらっています。寝る間もない忙しい時期もありましたが、仕事をつらいと思ったことはただの一度もありません。そこにはいつも両親や星野哲朗先生、「ありがとう」のプロデューサーである石井ふく子先生といった誰かの支えがありました。そうした出会いを思い返すと、感謝の気持ちと、恵まれた人生だったと思わずにはいられません。もちろん困難もたくさんありましたが、「まあいいか」と思えば人生そんなにつらいことはないように思います。趣味で押し花絵をやっていて自宅で花を育てているのですが、世の中で一番強いものは植物だと思います。どんな厳しい状況でも、芽を出して花を咲かせる。植物のように強くありたいですね。

水前寺 清子(すいぜんじ・きよこ)
1945年熊本県熊本市出身。15 歳で出場した「コロンビア全国歌謡コンクール」の準優勝を機に、1964年「涙を抱いた渡り鳥」で歌手デビュー。人々に元気を与える明るいキャラクターとりりしい着流しスタイル、そして独特の節回しで人気を博し、代表曲「三百六十五歩のマーチ」など大ヒットを放つ。TBSドラマ「ありがとう」では主役を演じ、女優としても活躍。現在はBSフジの情報番組「DO YOU ?サタデー」の司会を務めるなど、マルチに活躍中。

BSフジ「DO YOU?サタデー

 

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