輝く人140 松原のぶえさん

インタビュー

普通の生活をおくれるのが本当にありがたく幸せなことだと実感しています
安定した歌唱力で多くのファンを魅了してきた演歌界の重鎮・松原のぶえさん。
腎不全という大病を乗り越えてなお活躍を続ける松原さんの原点を振り返ります。

歌手を夢見て大分から単身上京

どんなお子さまでしたか?

 男の子と一緒に野山を駆け回って遊んでいるような活発な子どもでした。小さなころから歌うことも大好きだったので、よく祖父母の前で歌を披露していましたね。そのたびに「のぶえちゃんは歌がすごく上手ね」「大人になったら歌手になれるよ」と大げさにほめてくれるので、いつしかその言葉に洗脳され「私は歌手になる運命」と思い込んでいた気がします。しかも当時、ほぼ同世代だった森昌子さんや山口百恵さんがテレビで活躍しているのを見ていたら、「頑張れば私にもできる!」っていう気持ちになって、思い切って福岡のタレント養成所に入りました。それが中学1年生のとき。平日は学校、休日は養成所と忙しい毎日でしたが、地元の大分から、福岡という都会に出掛けて行くのはすごくワクワクしましたし、同じ目的を持った人同士の交流は、学校の友達とはひと味違って新鮮。すごく楽しかったのを覚えています。

歌手になろうと思ったきっかけは?

  入所当初、私は歌手コースに在籍していましたが、あるとき芝居コースの先生から「芝居もやってみないか?」と声をかけられました。歌は1曲わずか3~4分ですが、その中には2時間のお芝居に匹敵するほどのストーリーが凝縮されているので、芝居心を身に着ければ表現の幅が広がるとアドバイスされたんです。以来、歌と芝居の両方を学びながら養成所の舞台に出演するようになったところ、それがテレビ局の人の目に留まったようです。それがきっかけで、北島音楽事務所からスカウトしていただき、歌手として大きな一歩を踏み出しました。

たった一人での上京。ご苦労も多かったのでは?

 私は、北島音楽事務所からデビューする初の演歌歌手だったので、かなり厳しく育てられましたね。まず、里心がつくといけないからといって電話をすること、手紙を書くことを禁じられました。そして、テレビでアニメやドラマを見るのはOKでも、歌番組はNG。15〜16歳というのは、学んだことをどんどん吸収できる年代なので、他人の歌を聴いて変なクセがつかないよう、完全にシャットアウトされたんです。また、いまでは考えられませんが、歌の稽古が上手くできないと物が飛んできたり、定規で叩かれたりするのも日常茶飯事。初見の歌が覚えられないと、「思い出すまで帰ってくるな!」と昼夜関係なく家を追い出されたりもしました。そうした理不尽な仕打ちに事務所を恨んだこともありましたが、いまになって思えば、すべてが愛のムチ。歌のスキルだけなく、厳しい芸能界で生き抜くための術も教えてくれたんですよね。おかげさまで、打たれ強い人間になって、ここまでやってこれたのだと感謝しています。

40代で腎不全になるも移植手術を経て復活

大病を克服された松原さん。いまはとてもお元気そうですね。

 実は、小さいころから病弱でした。とくに腎臓の機能が弱いといわれ、むくみをとる利尿薬を長年服薬していたんです。そんななかで上京し、歌手デビュー。生活が一変したことで、ジワジワと体に負担がかかっていたのでしょう。40代半ばに差しかかり、疲れやすくなったなと思った矢先、風邪をこじらせて体調がどんどん悪くなっていきました。病院に駆け込んだときには、腎臓が2つ合わせてもわずか2%しか機能していない状態。先生には「受診が1日遅かったら、毒素が脳に回って機能障害を起こしていたか、もしくは命を落としていた」と言われたほどです。以来、人工透析なくして生きられなくなった私でしたが、現事務所の社長でもある実弟からの腎移植によって救われました。現在は2カ月に1度通院していますが、腎臓の数値は安定しています。食事制限や投薬は欠かせませんが、透析をしていたころに身に着いた習慣があるので、それほど神経質になることはありません。弟には感謝してもしきれませんね。普通の生活をおくれることが本当にありがたく、幸せなこと
だと実感しています。

今後チャレンジしてみたいことは?

これまでの歌手人生でやりたいと思ったことはたいていやってきました。あえていうならば、私は演歌という狭い世界しか知らないので、俳優さんやお笑い芸人さんなど、まったく別のジャンルの方々と仕事をしてみたいという気持ちはあります。あとは、皆さんが当たり前のようにやっていることができるようになりたい。実は私、一人で電車に乗ったことがないんですよ。15歳でこの世界に入り、移動はいつも車ばかりだったので……。だから路線図を見て、複雑な東京の地下鉄を颯爽(さっそう)と乗りこなす、そんな人になれたらいいなと思いますね

最後に読者へメッセージをお願いします

 健康のためには、歌うことと、笑うことが一番だと思っています。とくに歌うと脳が活性化するといわれているので認知症予防におすすめです。上手い下手は関係なく、好きな歌を気持ちよく歌えればいいんです。最近人気の一人カラオケなら、人前が苦手という人でも気兼ねなく思いきり歌えるので、ぜひチャレンジしてみてください。

松原のぶえ(まつばらのぶえ)
1961年7月18日生まれ。大分県出身。1979年、北島音楽事務所より『おんなの出船』で歌手デビューし、第21回日本レコード大賞・新人賞や日本有線大賞新人賞などを受賞。実力派演歌歌手として注目を集め、1985年以降、7回にわたりNHK紅白歌合戦への出場を果たした。2002年、北島音楽事務所から独立し、自ら有限会社のぶえオフィスを設立。2009年生体腎移植によって大病を克服し、現在に至るまでコンサート活動や歌謡指導などを精力的に行っている。

 

 

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