輝く人129 杜けあきさん

インタビュー

男役から女優に転身した私は、人生を2度楽しんでいます
元宝塚歌劇団・雪組トップスターで、現在は女優として舞台やテレビで活躍している杜けあきさん。
40年を超える芸能人生を振り返りつつ、震災ボランティアに込めた想いも伺いました。

ビビビっと運命を感じて飛び込んだ宝塚の世界

宝塚入団のきっかけは?

 はじまりは高校2年の夏。たまたまテレビで見た宝塚の『ベルサイユのばら』にビビビっときちゃったんですよね。それまでまったく興味がなかったのに、わずか2時間ほどの間に心が大きく動いて、「私は宝塚に入る!」「絶対にアンドレになる!」と決心してたんです。その熱い想いを両親に打ち明けたのは、その年の大おおみそか晦日のこと。突然の私の告白に大きなショックを受けたようで、数日寝込んでしまったほど。最終的には、娘の人生だからその芽を摘む権利はないと、私の選択を応援してくれました。こうして始まった宝塚への挑戦。準備期間は半年もなかったので、宝塚音楽学校の入学試験は波乱尽くしでした。新譜を渡されて即興で歌うテストでは、9回もやり直したあげく打ち止め。一次面接では、「仙台にはバレエや歌を教えるところがあるのかね?」と聞かれたことにカチンときて、思わず3歩くらい前に出て「あります!仙台は都会です!」と大きな声で叫び、面接官の先生方を驚かせてしまいました。これは絶対に落ちたと思いましたが、運も味方したのか無事合格をいただくことができました。

宝塚時代の忘れられないエピソードはありますか?

 初舞台での大失態でしょうか。代表で口上を述べたあと後ろへ下がるときに、なんと片方の銀草履が脱げてしまったんです。しかも、その銀草履に照明が当たってピカピカ光ってる!……すごく気になりましたが、取りに戻るわけにもいかず、舞台はそのまま進行。そしてついに、私と銀草履の間に緞どんちょう帳が降りるときがきちゃったので、慌てて重たい緞帳を持ち上げて回収しました。先輩に怒られると思って、本当に焦りました。

退団後、女優としてご苦労したことはありますか?

 最初の頃は、よく衣装を壊していました。体に男性の所作がしみついているせいか歩幅が広すぎてスカートが破れちゃうんですよ。それに露出が多い女性の衣装は寒くて、すぐに風邪を引いちゃう。いろいろな面でカルチャーショックを受けました。そして何より、女性の気持ちがわからなくて大変でした。だから始めのうちは相手役の男性の気持ちになって「こんな女性がいい」と想像しながら役作りをしていましたね。転機は明治座の舞台で、大石内蔵助の妻「りく」を演じたとき。宝塚の退団公演『忠臣蔵』で大石内蔵助を演じていたおかげか、夫婦を一体化させて役に入ることができたんです。りくを演じたことで、自分の中に愛される喜び、支える喜びが生まれて、それ以降、女性を演じることに抵抗がなくなりました。いま振り返ってみると、男役から女優に転身した私は、人生を2度楽しんでいます。

ボランティアを通して知った自分の仕事の意義

女優は体が資本ですが、健康面で気を付けていることは?

 私、かなりの健康オタクですよ。もともと体が弱くて、病気の大変さを嫌というほど知っているので、マスクや手洗いはコロナ以前から徹底してやっていました。
また最近感じるのは、体を作っているのは100%食べ物だということ。だからこそ毎日の食事に気を付けて、できるだけサプリには頼らず、自然の食べ物からバランスよく栄養をとるよう工夫しています。もちろん運動も欠かしません。そのひとつが朝のストレッチです。目が覚めたら、そのままベッドの中で体を動かしてほぐすと、その日はとても快適に過ごせるんですよ。

震災ボランティアにも力を入れている杜さん。ご著書『人生アドリブ活用術88の「愛言葉」』を、宮城県の全ての小中高に寄贈されるそうですね?

 宮城県は私の故郷ということもあり、東日本大震災の直後は、気仙沼などの被災地を訪問させていただきました。そこで、皆さんからのリクエストで『すみれの花咲く頃』を歌ったのですが、その瞬間、重苦しかった体育館の空気がフッと軽くなったんです。これぞ歌の力、私がやってきた仕事の意義だと感じました。以降、私にできることを模索しながら、震災関連のボランティアやイベントに多く参加しています。でも、昨年はコロナの影響でそうした活動がまったくできなくて……そんな中でふと思いついたのが、本を贈る「愛言葉プロジェクト」です。モーリスクラブ(公式ファンクラブ)の皆様にもご協力いただいて、今まさに寄贈作業を進めているところです。この本に綴られている言葉は全て私自身が経験から学んだものです。誰かがこの本を手に取り、何かを感じてもらえるきっかけになればうれしいですね。

読者に向けてメッセージをお願いします。

 この年になって改めて思うのは、「何をするにも遅いことはない」ということです。歌はいまだに発見があり、学びは尽きません。宝塚の創設者、小林一三先生のお言葉通り―芸また芸―ですね。だ
から皆さんも「いまさら」なんて思わず、いろいろなことにチャレンジしてください。ゆっくりでも何か行動を起こせば、その1歩先には新しい世界が待っているはずです。

杜けあき(もりけあき)
1 9 5 9 年7月2 6日生まれ。宮城県出身。1979年、65期生として宝塚歌劇団に入団。1980年に雪組に配属となり、翌1981年には『彷徨のレクイエム』で新人公演初主演を務める。優れた演技力と歌唱力で、1988年に雪組トップスターに就任、『ベルサイユのばら』『この恋は雲の涯まで』『ヴァレンチノ』などで主演を果たす。1993年宝塚歌劇団退団後は、女優として舞台やテレビドラマに数多く出演するとともに、文化活動やボランティア活動にも意欲的に取り組み、幅広く活躍中。

 

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