【最終回】禁断の江戸史

コラム

江戸の「常識」と思われていた時代観念を破壊するような知られざる史実や事件を歴史研究家・河合敦先生が紹介します。

教科書に載らない江戸の事件簿⑥

なぜ江戸時代に多くのミイラが輸入されたのか?

 江戸時代は鎖国していた日本だが、長崎におけるオランダや中国(明→清)、釜山(プサン)における朝鮮とは、かなりの大規模な交易をしている。だから、さまざまな舶来品が国内に流れ込んできており、お金さえ出せばそれらを手に入れることができた。
なんと、唐物屋(からものや)といわれる、いわゆる輸入雑貨屋も存在したのである。
(~中略)
江戸時代の珍しい輸入品としてミイラがある。関西大学の宮下三郎教授によれば、寛文十三年(一六七三)、オランダ船が約六十体のエジプトのミイラを持ち込んで売り払った記録が残っているという。記録に残っていないものを含めたら、江戸時代に相当多くのミイラが日本に入ってきたのは間違いない。
二〇一九年十一月から二〇二〇年二月にかけて国立科学博物館で特別展「ミイラ」が開催されたが、わずか三カ月足らずで三十万人を突破する人気である。これまで何度もミイラ展が開かれていることからも、ミイラが日本人に人気だとわかる。ただ、江戸時代にミイラが輸入されたのは、展示して見物させることが目的ではない。なんと食べるためだったのである。ミイラを買い取ったのは薬屋や医師たち。そう、ミイラは薬として珍重されていたのである。では、いったいどんな病気に効き目があるのか?
貝原益軒(かいばらえきけん)の『大和本草(やまとほんぞう)』(宝永六年・一七〇九)は、日本内外の千三百六十二種の動植物・鉱物の効能などをまとめた大著だが、その中に木乃伊(ミイラ)の項目がある。そこには、次のように記されている。
「打ち身や骨折箇所に塗る。虚弱や貧血に桐の実の大きさに丸めたミイラの丸薬を一日一、二度ほどお湯で服用する。産後の出血、刀傷、吐血、下血のさいに服用する。気疲れ、胸痛、痰(たん)があるときは、酒や湯と一緒に飲む。しゃくり胸痛も同様。虫歯には患部の穴に蜜を加えてミイラをつける。頭痛、めまいは湯とともに服用。毒虫や獣に咬(か)まれたときは粉末にして油を加えて塗る。妊婦が転んで気を失ったときは、ミイラを火で炙(あぶ)って、そのにおいをかがせるとよい。
痘疹(とうしん)が出たときは、身体を温めてから服用する。食あたりはお湯で、二日酔いは冷水で服す」
いかがであろうか、ミイラが万能薬だったことがわかるだろう。「そんな馬鹿な」と思うだろうが、薬効があるのは確かである。エジプトのミイラには腐敗を防ぐために防腐剤が塗られているが、その主成分はプロポリス。そうミツバチの巣からほんのわずかしか採取できない有機物質で、最高の健康食品として高価な値段で売られている。プロポリスは、テルペノイド、フラボノイド、アルテピリンなどで構成され「天然の抗生物質」と呼ばれ、抗菌作用が強く、滋養強壮に効くとともに、ピロリ菌を抑えるので、確かに胃腸炎には効果があるはず。迷信ではなく、本当に病気に効いたからこそ、江戸時代の人びとはミイラを輸入したのである。
ちなみに当時の人びとは、ミイラが人間の死体だと知っていて服用したのだろうか。
じつは、知っていたのである。ただし、なぜ人間がこのような乾燥状態になるのかについてはよくわかっていなかったようだ。『大和本草』では、諸説を紹介している。たとえば、砂漠を往来していて悪い風のために人びとは砂の中でとろけてミイラになるという説。けれど著者の益軒は、この説を否定し、「罪人ヲトラヘテ薬ニテムシ焼き」にしたのがミイラだと考えている。まったく見当はずれだが、なかなかユニークだ。
ちなみに我が国にも東北地方を中心に即身仏の風習があり、アジアでも中国西部や中央アジアを中心に各地にミイラ信仰が残っている。
さて、江戸時代はミイラを輸入したが、じつは日本からもミイラを輸出しているのである。しかもそのミイラは、人間ではなかった。人魚や河童、鬼、龍といった化け物や妖怪のミイラなのだ。
もちろん、そんな妖怪のミイラが実在するはずもなく、本物ではなくつくり物だった。たとえば、人魚のミイラなどは、猿や猫の頭と鮭や鯉の尾をくっつけ、手をつくって精巧に作成されている。ちなみに日本の人魚は、西洋のそれと違って首から下が魚なので、とてもグロテスク。しかも女性より男のほうが多いのが特徴だ。もともとは輸出品ではなく、両国などに林立していた見世物小屋に展示するために職人たちによって創作されたものだといわれる。妖怪のミイラをつくる職人集団がいたのだ。現在でも各地の寺社に少なからず保管されているのは、必要なくなったあと、さすがに廃棄するのには忍びなく、奉納したからだろう。旧家が所蔵しているのは、たぶん珍しいということで購入したのかもしれない。
そんなわけで輸出品ではないのだが、きっと、あまりに本物らしくつくられているので、外国人が面白いと思って、お土産に買っていったのだろう。とくに医師として来日したシーボルトなどは何体も購入しており、いまでもオランダのライデン国立民族学博物館には、日本から持ち込まれたミイラが保管されている。
(後略)

 

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