輝く人122 紺野美沙子さん

インタビュー

生活にちょっとした変化をつけて楽しんでいます
舞台や朗読の仕事に加え、国連の親善大使もこなす女優の紺野美沙子さん。近年は好角家としても注目を集める紺野さんに、相撲愛や生活を楽しむコツについて伺いました。

祖母の影響でいつも大相撲を観ていた

相撲好きが高じて女将にも憧れたとか。12 月の舞台『両国花錦闘士』では念願叶って相撲部屋の女将と力士の母の二役を演じられます

 作・演出家の青木豪さんがたまたま相撲番組に出演している私を見てお声掛けくださったようで、「思わぬご褒美をいただけた!」と思いました。子どものころに祖母と同居していて、学校から帰ると必ず大相撲中継を観ていました。まわしひとつでぶつかり合う迫力をはじめ、すべてが魅力的。当時はお相撲さんがいかに出世したかという物語を読むのが好きで、苦労したり親孝行のために頑張っていたりすることを知って応援に熱が入りました。今回の役をいただき、本当にお相撲が好きで良かったと思いましたね。力士の母と女将という力士愛が強い二役なので、女将のような母のような気持ちで他の役者さんを愛して見守りたいと思っています。

20歳でNHK連続テレビ小説『虹を織る』のヒロインに抜擢。当時のお気持ちは?

 当時はとにかく夢中で。日々膨大なセリフを覚え、その日その日で精一杯でした。大先輩ばかりで、スタッフの方にもお世話になって、皆さんの支えがあったからこそできたと思います。年齢を重ねて、その大きさがわかってきたような気がします。

1998年からは国連開発計画親善大使としても尽くされています。

 訪れる国や地域によっては、何十キロも車で走らないと病院がなかったり、診療所があっても医師がいなくてほんのわずかな薬しか置いていない。病気になっても神に祈るしかない。そんな厳しい生活をしている人たちがたくさんいます。どこの国を訪ねても思いますが、いろいろな問題はあるにせよ、いかに日本が恵まれているかを感じます。

介護は自分ファーストそう考えてもいいのでは

近年は主宰している『朗読座』がライフワークの1つになっていますね。

 50歳になったときに、自分の根っこになる活動がしたいと思いまして。たまたま自宅近くの多目的ホールから、定期的に何かやってもらえないかという依頼を受けたんです。それなら朗読と音楽や映像を組み合わせて、1時間ちょっとで気楽に観られるような、けれど中身の濃い本物のパフォーマンスをやりたいなと。街のビストロのように、手頃さがありながらきちんと美味しいものが食べられる、そういう感覚でやっています。声を出すことは体にも良くて、呼吸を長く続けることで肺が鍛えられて肺炎予防になりますし、脳の活性化にもつながります。

プライベートではお母様の在宅介護も経験されたとか。

 介護は子育てと一緒で、自分一人で背負ってしまうと心身共につらくなります。私は姉と妹がいたので愚痴を言うこともできましたし、ケアマネジャーさんやヘルパーさんの存在は本当に助かりました。助けを求められない性格や老老介護の方はしんどいと思います。いまはいろいろな制度が整っているので、できるだけ専門家の手を借りて「自分ファースト」で考えてもいいのかなと思います。

息子さんが独立されたと伺いました。新たな生活はいかがですか?

 年齢を重ねても自宅でできる趣味をと思い、いまは月に1、2回書道教室に通っています。それと、常に近場で面白いことを探すようにしています。用事がない日は初めてのお店でランチをしてみたり、行ったことのない図書館やスーパーに足をのばしてみたり。今日は、この取材の帰りにちょっと寄ってみようかと見つけたお店があるんです。先日も「フードコートという域を超えた美味しい蕎麦屋がある」という記事を読んで、家の近くだから行ってみたら驚くほど美味しくて!そういうちょっとしたご褒美のようなことが嬉しい毎日ですね。
脳科学者の茂木健一郎さんが、脳を活性化するには新しい経験をして刺激することが大事だとおっしゃっていたので、生活の中でちょっとした変化をつけるように心掛けています。

紺野美沙子(こんのみさこ)
1960年生まれ。
1979年に女優デビューし、翌年連続テレビ小説『虹を織る』のヒロイン役で人気を博す。
1998年には国連開発計画親善大使に任命され、国際協力の分野でも活動。2010年からは『紺野美沙子の朗読座』を主宰している。

 

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