インタビュー

輝く人121 細川たかしさん

悪いことのあとには、必ずいいことがある!
デビュー45周年、変わらぬ圧倒的な歌唱力でファンを魅了する演歌界の大御所・細川たかしさん。すすき野のバンドボーイから国民的演歌歌手に転身を遂げたいきさつを振り返ります。

始まりはすすき野のバンドボーイ

子どものころから歌と関わっていたのですか?

 僕は中学を卒業してすぐ、故郷の真狩村を離れて札幌に出たんです。その当時は歌手になりたいというよりも、実家の農業を継ぎたくない、都会に出てみたいという思いのほうが強くて、とりあえずは自動車会社の整備工として働き始めました。もともと音楽は好きで、中学生のときには同級生とバンドを組んでドラムを叩いていました。就職してからも同期の音楽好きが5~6人集まって、仕事終わりによく工場の2階で楽器を弾いていましたね。そんな中、あるギター弾きと知り合い、すすき野でバンドボーイとして活動するようになったんです。結局、整備工の仕事は1年ちょっとで辞めることになり、その後は、夜はキャバレーで演歌を歌い、昼はヘルスセンター(現在の健康ランド)で民謡などを歌うようになりました。北島三郎さんや三橋美智也さんの歌をよく歌っていましたね。そんな生活を3年くらい続けて19歳になったときには、いくつかのナイトクラブから声がかかるようになり、一人前のクラブシンガーとして稼げるようになっていきました。

芸能界デビューは?

 昭和49年に東京のプロダクションから誘いを受けたんです。10月に初めて東京へ出向くと、11月にはレコーディングが始まり、話はトントン拍子に進んでいきました。そのとき歌った10曲のうちの1曲が『心のこり』で、それが翌年4月の僕のデビュー曲になったわけです。「私バカよね~」という歌詞にインパクトがあったおかげか、歌は大ヒットして紅白歌合戦にも出場できました。「売れなければ1年で札幌に帰る」と決めての上京だったのですが、「もうしばらくは東京にいられそうだな」という感触でした。

そこからの快進撃は目に見張るものがありました。

 自分で言うのもなんですが、『北酒場』と『矢切の渡し』で、2年連続レコード大賞をとったのはすごいですよね。レコード大賞をとった翌年はヒットが出ないというジンクスもあって、まさか『矢切の渡し』まで売れるとは。僕を含め関係者全員が夢にも思ってなかったんじゃないかな。でもこの歌は、船村(徹)先生が作って、ちあきなおみさんや、島倉千代子さん、瀬川瑛子さんら11人くらいが歌った競作で、本当にすばらしい曲ですよ。2月にリリースすると、5月のGWには葛飾の矢切の渡しに何万人も人が集まるほど話題になりました。これで僕は「永遠に東京にいられるな」って確信しましたね。

大けがのあとの『北酒場』大ヒット

順風満帆の歌手人生に見えますが、つらかったことは?

 昭和56年3月、埼玉県新座市で行われた『8時だよ!全員集合』の生放送中に、アキレス腱を切る大けがをしたんです。それで、ひざ上までがっちりギプスをして、45日間くらい入院をさせられました。退院後もしばらくは活動ができず、結局、復帰まで4カ月ほどかかったかな。いま思い返してみても、あの時期が一番つらかったですね。当時はテレビでいろいろな歌謡番組をやっていたので、他人が歌っている姿を見ると焦りましたし、そこに出られない自分が本当にもどかしくて……。だから徐々に仕事復帰するなかで、『欽ちゃんのドコまでやるの』にゲスト出演させてもらったときは、「やっぱりテレビっていいなぁ」という心の声がつい口に出ちゃったんです。そうしたら、その言葉に感動した大将(萩本欽一さん)が「来週もまた来て歌ってよ」って声をかけてくれ、以降レギュラーで出演するようになりました。そこで披露することになったのが、当時レコーディングを終えたばかりの『北酒場』だったんです。歌詞を忘れちゃうハプニングなどもあって一気に話題となり、結果、レコード大賞受賞につながっていきました。悪いことのあとには必ずいいことがある、身をもって感じた出来事でしたね。

元気ではつらつとした細川さん。独自の健康法があれば教えてください。

 僕は、夏はゴルフ、冬はスキーをして体を動かしています。スキーは50歳ごろからワンシーズン20日間くらいはやっていて、毎年3月には必ず地元の大会にも出場しているんです。つまり趣味のスポーツを通して、背筋や足腰を鍛えているんですね。そもそも歌手という仕事には筋肉が必須。背筋がなければいい声は出ないし、足腰の筋肉が強くなければ、長時間舞台に立って歌えないですからね。年をとっても筋肉を落とさないことが、ぼくの元気の秘訣かな。

読者に向けてメッセージをお願いします。

 人生、目的を持つことが大事だと思っています。たとえば、ゴルフをやるならスコア80をきろうとか、スキーをやるなら検定1級をとろうとか。カラオケでも何でも、うまくなりたいと思えば努力するじゃないですか。その気持ちとそのための行動が大切だと思いますね。いまはコロナ騒動で本当に大変な時期ですが、僕の経験上、コロナの後には絶対にいいことが待っているはず!だから、明るく前向きに乗り切っていきましょう。

細川たかし(ほそかわたかし)
1950年6月15日生まれ。北海道出身。75年『心のこり』でデビューし日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞。バラエティ『欽ちゃんのドコまでやるの』では、明るい性格でお茶の間の人気者に。その後、82年に『北酒場』、83年に『矢切の渡し』と2年連続でレコード大賞を受賞、84年も『浪花節だよ人生は』で日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞するなど、数々の賞を受賞。その後も多くのヒット曲を連発し、NHK『紅白歌合戦』には通算39回出演した。

 

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