コラム

お江戸をもっと楽しもう!ほ ーりーが行く!暖簾(のれん)越しお江戸の風景

暖簾越し お江戸の風景

歴史に詳しい「お江戸ル」として活躍中の「ほーりー」こと堀口茉純さんが、江戸から続く凮月堂の時代にタイムスリップ。当時の世の中はどのようなことが起きていたのでしょうか?

第四回 和菓子の発展にも貢献した松平定信

寛政の改革の立役者

 松平定信は御三卿(ごさんきょう)・田安宗武の三男として生まれました。8代将軍徳川吉宗の孫にあたり、将軍家(徳川宗家)に何かあった時に将軍継承権が回ってくる家柄です。つまり当時の将軍、10代将軍徳川家治の世子・家基に何かあった時には11代将軍の継承権が回ってくるというポジション。次期将軍のスペア最有力候補者だったわけです。彼自身もその立ち位置を相当意識していたらしく、日頃から熱心に学問にはげんでいましたが、ある日突然、白河藩松平家に養子に出されて将軍候補の圏外に追いやられてしまいました。
 プライドを傷つけられた定信ですが、白河藩主に就任すると、その政治指導者としての才能を開花させます。藩主に就任した当時は全国で90万人もの死者を出した天明の大飢饉の真っ只中でしたが、白河藩の領内からは一人の死者も出なかったという伝説が残っているほどです。この手腕が買われて老中として幕政に積極的に関与するようになり、寛政の改革を主導しました。
 定信がすごいのは、政治家として有能だっただけではなく文化方面にも造詣が深かったこと。16歳の時に『源氏物語』の夕顔にちなんで詠んだ「心あてに 見し夕顔の花ちりて たづねぞわぶる たそがれの宿」という歌が各方面で激賞され〝夕顔の少将〟といかにも貴公子然としたあだ名がついた、というのは彼らしいエピソードです。幕府の老中となってからも、茶の湯などを通した大名同士の交流を積極的に行うなど文化方面に多大な影響をもたらしました。茶の湯に和菓子は無くてはならない存在。そこで凮月堂が、定信の御用菓子として重用されるようになっていったのです。寛政の改革の立役者は、和菓子の発展にも貢献していたんですね。上野凮月堂では現在も定信から受けた御恩を大切に思い、命日には〝かぼちゃ菊〟という和菓子を墓前にお供えしています。

●本文・イラスト/堀口茉純さん
2008年に江戸文化歴史検定一級を最年少で取得すると、「江戸に詳しすぎるタレント=お江戸ル(お江戸のアイドル)」として注目を集め、執筆やイベント、公演活動などで江戸⇔東京の魅力を発信し続けている。
『吉原はスゴイ~江戸文化を育んだ魅惑の遊郭』(PHP新書)など著書多数。
女優として舞台やドラマに多数出演。NHKラジオ第一『DJ日本史』などにレギュラー出演中。

「凮月堂清白 かぼちゃ菊 大住喜右衛門」
当社は2代目大住喜右衛門の代に、寛政の改革を実施した江戸時代の大名・松平定信公から、公の雅号「凮月」を含む「凮月堂清白」の5文字を賜りました。そして現在まで、「凮月堂」を屋号に使用しています。「かぼちゃ菊」は、名付け親である定信公が親しんだとされる和菓子で、和三盆の優しい甘さが広がる落雁の間にこしあんが入った一品です。
上野凮月堂 本店 
03-3831-3106
東京都台東区上野1-20-10

 

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