コラム

命涯(かぎ)りあり知は涯りなし⑫

命涯りあり知は涯りなし

人にはそれぞれの生き方があり、人生にはドラマがある。私もいつの間にか86歳になった。
ふと、あと何年生きられるかと思うことがある。必死に生きてきた私の半生を書いてみたい。

⑫台湾への倫理普及に思う

 敗戦後、台湾引き揚げから間もなく両親を亡くした私は、昼間は薬局で働きながら高校の夜学を卒業した。そして昭和32年4月、一般社団法人倫理研究所へ入所後、同じ職場で勤務していた妻と結婚。男ばかり6人の子を育てた。
     * * *

18年間、兄弟で新聞配達

 台湾・高雄で生まれ、台中で終戦を迎えて引き揚げてきた私は、台湾への倫理普及は誰よりも愛着があり、情熱を注いできた。会員への幹部研修、企業への経営者講習などのほか、対外的な講演も喜んで出席して喜ばれた。
 平成9年3月24日、台中市安和中学校の生徒2000名に対し行った講演は『希望は心の太陽』をテーマに、私自身の体験談や子育ての具体的な話をして共感共鳴を得て好評だった。創立3年目、台中市ではトップクラスのこの中学校は倫理教育に熱心で、生徒は教室から自分の椅子を持って1万5千坪の敷地にあるグラウンドに縦横きちんと整列しての受講ぶりは実に圧巻で、頭が下がる思いであった。
 平成10年9月19日には、台中国民小学校の4年生~6年生1300名を対象に、忠信国民小学校では3年生~5年生900名を対象に講演を行った。いずれも熱心に聴講する姿が印象的で、とくに同じ年頃であった私の息子たちの体験には幾度も拍手をいただいた。
 わが家では、中学2年生だった長男が、六男が生まれた日から、親に内緒で新聞配達を始めた。いくらかでも親の手助けをしたいと思ってのことだが、その後18年間、兄弟たちは順々に新聞配達を続けた。ここに六男の作文がある。読むたびに当時のことが思い出されて、涙があふれるほどだ。

新聞配達を続けて 四年 木村寿宏

    
 どんなことでも、一つのことを続けることは、すばらしいことだと思います。
 ぼくの家で新聞配達を始めたのは、昭和49年11月1日、ぼくの生まれた日です。今年で11年目になりますが、その間、一番上の兄から順々に6番目のぼくまで続けてきました。今は、僕と中学一年の兄と、お母さんの三人で毎朝くばっています。
 大変なことは、朝が早いことと雨の日や雪の日は傘をさしたり、長ぐつをはいてぬれながらくばることです。夏はまだよいのですが、冬はとても寒いし、朝起きるのがつらくて、いやになってしまうことがあります。とくにマイナス16度で、雪が50センチもつもったときは困りました。
 そんな時、埼玉で二番目の兄が、毎朝二時に起きて、五百から六百もの新聞をくばりながら大学へ行っていることを思うと、ぼくもぐずぐずしてはいられないという気になるのです。それに、新聞を持っていくと、おばさんたちが、『ご苦労さん』と言って、喜んでくれるので元気が出てきます。
 そんなことで、くじけそうになりながらぼくも、二年続けてきました。そして、今、本当によかったと思うことがあります。それは、仕事の楽しさ、大切さ、せきにんの大きさが、よくわかったことです。これからも、人のために役に立つ人間になるために、苦労をのりこえ、うれしさを忘れずに、新聞配達を続けていきます。
 この子は小学2年生から、その上は3年生から高校生まで新聞配達を続けた。寒いときは、うさぎの耳あてをして、顔を紅潮させ、新聞を小脇に抱え、体をよじりながら配っていたころの姿が、いまでも目に浮かぶ。
 いまのように休刊日など1日もなかった。しかも富士山麓は僻地(へきち)になるので、全部の新聞が1カ所に集まるのだ。何種類あっただろうか、それに朝・夕刊が一緒に来る。夕刊は前日のものでテレビ番組は役に立たないので、「朝刊のみ」という家がある。そこには広告誌は入れない。広告は朝夕刊セットで取っているところへのサービスなのだ。
 新聞配達は、わずかな配達料で、責任だけは負わされる。配達先でそれぞれ新聞が異なるため、1軒間違うと後々大変なことになる。配るより先に、仕分けが肝心。毎月の集金も、1度に支払わない家は決まっている。そういった家にかぎって「配達が遅い」とか、「新聞代が高い」などと文句を言う。たばこの空き箱に金を突っ込んで、放り投げた人もいた。子どもだと思ってバカにするのだ。
 こういう仕事をすると、その人の人柄がよく見えてくる。集金ができないと立替え払いをしなくてはいけなかったので、バカにされながら子どもは、支払ってもらえるまで夜も毎月集金に出掛けたものだ。

木村重男さん木村重男(きむらしげお)
1933(昭和8)年生まれ85歳
一般社団法人倫理研究所 参与。
文部科学大臣から社会教育功労賞を受賞。著書に『夫婦の玉手箱』『豊かな人生を拓く玉手箱』など多数

 

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