コラム

命涯(かぎ)りあり知は涯りなし②

命涯りあり知は涯りなし

人にはそれぞれの生き方があり、人生にはドラマがある。
私もいつの間にか85歳になった。ふと、あと何年生きられるかと思うことがある。必死に生きてきた私の半生を書いてみたい。

② 飯炊きの仕事で船上生活

母と4人の弟妹に毎月生活費を送る

 戦後、家族8人で台湾から両親
の故郷である長崎県諫早市(いさはやし)に引き上げてきたが、酒好きの父は廃人のようになり42歳の若さで死亡。
中学を卒業して間もなく私は、家族の生活費を稼ぐために1番金になると聞いた長崎の長門漁業(ながとぎょぎょう)の漁船・満漁丸(まんりょうまる)(木船
55トン)に、60人前の飯炊きとして上船することにした。戦後は魚群探知機が開発されたおかげで漁獲量が大幅に増え、どこの漁港も盛況だったが、当時は飯炊きのことを「半盒(はんごう」とよび、飯炊きの給料は一人前の半分でバカにされていた。
 それでも酒やタバコ、遊びなどは一切しなかったので母と4人の弟妹の生活費を毎月送ることができ、それが私の生きがいだった。

酒買いで泳いだ夜中の海

 晴れた日には韓国が見える孤島の対馬(つしま)は、季節風が吹くと10日ほど海上が荒れて漁ができなくなる。小さな一重港(ひとえこう)には各地から漁船が
100隻ほどひしめいて停泊していたが、強風から逃れるためいっせいに島影に移動して凪(なぎ)を待ったものだ。
 まだテレビが普及していない時代で、若い船員は体と時間を持て余し、船室で延々と花札賭博(とばく)をしていた。始めは金を賭けていたが、そのうちに背広やトランク、酒やタバコを賭け、だんだんと殺気立ってケンカになったりもした。ある時は花札に負けた男が相手の腹に出刃包丁をつき差し、救急車で運ばれて一命を取り留めた事件もあった。
 上陸できた時は娯楽施設に群がり、ゲームセンターや飲み屋が繁盛したものだが、飯炊きは上陸が許されず、いつも船番をさせられた。そのうち船同士のケンカが始まることもあった。
 ある日の午後3時ごろ、米を研いでいてふと気付くと、小舟に乗った5、6人のプロレスラーのような大男たちが、1メートルほどの鉄の棒を手に手に握り、何やらわめきながら近づいてきた。私はすぐに「殴り込みだ!」と気付き逃げたが、船首で行き止まりとなり万事休すと思ったものの、船を波止場につないでいる太いロープにとっさにしがみ付き身を隠した。ところが一人の男に見つかってしまった。「こんなところに隠れやがって」と言いながら鉄棒を振りかざした男に、いっかんの終わりだ」と覚悟したその瞬間、私が坊主頭のまだ子どもだということに気付いた男は、鉄棒を下ろし、ゴム長を履いた大きな足で私の胸をしたたか蹴った。海に落ちる寸前、必死に我慢して難を逃れた。
 海が荒れて何日も出漁できなくても、飯炊きはおかずを工夫して毎日3度3度の食事を作り、酒買い以外は陸にも上がれず、息抜く暇もない仕事がうらめしかった。
 悪天候の時化(しけ)が続くと、沖に船舶を停泊させることがある。港内だと波風で船と船がぶつかりあって危険だからだ。
 最も悲惨(ひさん)だったのは夜中の酒買いだった。風呂桶のような容器に2メートルほどのひもをくくり付け、それを片足にしっかり結びつけると海中に飛び込み、波止場まで泳いで酒を買いに行くと、また戻ってくるのだ。距離にして100メートル近くだが、暗闇の中、誰もいないのに桶の中の一升瓶が波に揺られて「トッポン、トッポン」と不気味な音を立てて付いてくる。泳ぐたび一面に「夜光虫(やこうちゅう)」がキラキラと光り、心臓が止まりそうだった。後ろから伝説の怪物「海入道(うみにゅうどう)」が突然出てきて海底に引きずり込まれるような錯覚を起こしては、恐怖で縮み上がった。

一夜の夢に生きがいを感じる男たち

 長崎には昔から江戸の吉原、京都の祇園(ぎおん)と並んで日本三大遊郭(ゆうかく)の「丸山」がある。当時は赤線公認の時代だったので、船が長崎へ戻ると若者たちは、われ先にと連れ立って丸山へ行って遊んだ。なかには前借をして一夜の夢に生きがいを感じる者もいた。「男は宵越(よいごし)の金は持たない」という威勢(いせい)のいいあんちゃんが少なくなく、ネオン街は不夜城(ふやじょう)のようにまばゆかった。
 ある夜、船番で私が漁網の上でひと眠りしていると、丸山から戻ってきた4人の若者が、よほど腹が空いたとみえて釜の中をあさっている。あいにく飯粒は残っていなかった。そのうち4人は有り金をはたいて60円を私に渡すと「このままじゃ腹が減って眠れないからパンを買ってこい」と命じた。
 私は眠い目をこすりながら金を持って船から降りると、電車通りに出た。しかし店はどこも閉まっている。仕方なく歩いて県庁前まで行くと、当時、その先に大きな闇市(やみいち)があることを思い出して足早で急いだ。次の瞬間、急にライトで照らされ「おい!止まれ!軽犯罪だぞ!」と警官に呼び止められた。そこは長崎警察署の前だった。無理もない。夜中の1時過ぎ、裸に裸足(はだし)、フンドシ一丁にねじり鉢巻きの飯炊きスタイルだった私は、さんざん警官にしぼられて始末書を書いて解放された。しかし、手ブラで帰るわけにもいかず1軒の店をたたき起こすと、1個10円の饅頭(まんじゅう)を買って戻った。男たちはいびきをかいて寝ていた。男たちに「パンがなかったから」と饅頭を差し出すと「こんな高い物を買ってきやがって」と怒られた。「人の苦労も知らないで」と私は無性に腹が立った。
 母の待つ家に半年ぶりに帰った時のこと。いつも船上で揺(ゆら)れる生活をしていた私は、まだ揺れている気がして「あぁ、この家ゆらゆら揺れている」と言って、母から笑われたのを覚えている。

木村重男さん木村重男(きむらしげお)
1933(昭和8)年生まれ85歳
一般社団法人倫理研究所 参与。
文部科学大臣から社会教育功労賞を受賞。著書に『夫婦の玉手箱』『豊かな人生を拓く玉手箱』など多数

 

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