インタビュー

脚本家 橋田壽賀子さん

橋田壽賀子さん

輝く人 インタビュー 3月号 Vol.90

一流ではなく二流だからこそ幸せな人生

「おしん」や「渡る世間は鬼ばかり」など、時代を映すドラマを描き続けてきた橋田壽賀子さん。
女性脚本家として歩んできたこれまでの人生と、今後の目標について伺いました。

松竹で初の女性脚本家に映画からテレビの世界へ

もともと脚本家を目指していたのですか?

 全く(笑)。戦時下だった女学校時代は作文も苦手で、戦地にいる兵士に学生たちが慰問文を書かなきゃいけないのに、全部母に書いてもらったほどです。その文が、当時住んでいた大阪・堺市から表彰されてしまい、「私が書いたんじゃないのに」と困りました。ただ、言葉を研究することは好きだったので、将来は国語学者になろうと思っていました。だけど、第一志望だった東京大学の受験に失敗したことでその道は諦め、第二志望の早稲田大学に進学したのです。そこで演劇部の人から「女優をやらないか」と誘われたことが転機になりました。なんとなくやってみたらこれが面白くて。国文科から演技専修に転科しました。
そんなある日、同級生の男の子に「映画会社の松竹の入社試験を一緒に受けよう」と言われたのです。映画の世界に興味はありませんでしたが、友だちに「カンニングさせてあげるから」と言われて受けました(笑)。それが受かってしまい、運命というのは本当に不思議ですね。私は運命に流されて生きてきたように思います。

当時、女性の脚本家はめずらしかったのでは?

 入社した昭和24年、私が初めての女性社員でした。当時の映画界はまさに男社会で、女の私が書いた脚本は書き直され、セリフが一文字も残っていないこともありました。でも、テレビの世界は違います。書いた脚本が一文字も変えられていなかったのです。これには感動しました。映画が一流、テレビは二流とされた時代でしたが、「これからはテレビの時代だ!」と確信しました。映画からテレビに移れたのは、半世紀にわたり仕事をご一緒したプロデューサー・石井ふく子さんのおかげです。すでに女性の力が認められていたテレビの世界で、こうした方たちの活躍で私は生きてこられました。

90歳を前に見つめ直す「死」「生」を存分に楽しみたい

「渡る世間は鬼ばかり」をはじめ、ホームドラマの名手といわれてきました。

 嫁姑問題、育児や介護の問題、リタイア後の生き方など、時代ごとの社会問題に対する私の考えを反映させたつもりです。私は41歳の時に結婚しましたが、子どもはできませんでした。子どもがいれば、ドラマの描き方や仕事の取り組み方も変わっていたかもしれませんね。でも子どもがいなかったからこそ、良い暮らしをしたいという欲望もなく、食べていけるだけで幸せと思えました。そういう意味でドラマは、自分の思いを書く場だったのかもしれません。ただ、仕事と家事の両立で睡眠時間は毎日4時間ほど。とにかく締切りを守ることに必死で、一流の脚本家のような仕事は私にはできませんでした。一流ではなく二流。自分が二流だと思えば無理をせず、誰かと争う必要もなく楽ですね。
書くことを深刻に捉え過ぎていたら、精神も肉体も持たなかったと思います。その点では、いい加減に生きてきたように思います。だからこそ「幸せな人生だった」と言えるかもしれませんね。

著書「安楽死で死なせてください」が話題になっています。

 クラーク博士の「少年よ大志を抱け」という有名な言葉がありますが、私が生きた時代は志を持てない時代でした。戦争中は死と隣り合わせで、終戦後は食べていくことに必死でした。70年近く脚本を書き続け、家族は持ちましたが夫に先立たれ、今は天涯孤独の身です。
90歳を目前にしたとき、体力の衰えから改めて死について考えるようになったのです。精いっぱい生きたからこそ、最期は誰にも迷惑をかけず苦しまずに死にたい。そういった思いを本に綴ったら、多くの方に共感してもらい驚きました。私自身も、それで気持ちが楽になったのです。

いわゆる終活ですね。

 2年かけて生前整理もしました。洋服やバッグなどを全て処分し、家などは夫の希望で立ち上げた橋田文化財団に寄付することになっています。もちろん、生きているうちは元気に楽しむつもりです。
 今年の3月には大型客船「飛鳥Ⅱ」で、4度目となる102日間世界一周旅行に出掛けます。昔から旅行が好きで、船に乗ると元気になるの。そのためにも1日1時間、週に3回は体力維持のためのトレーニングを続けています。今は寝ることと、BSテレビでやっている昔のドラマを観ることが何よりの幸せです。良い意味でいい加減に生きてきたからこそ、生きるための努力はしても、無駄な努力はしたくありません。これまで忙しかった分、自由な時間を取り戻して楽しみ続けたいと思います。

橋田 壽賀子 (はしだすがこ)
1925年5月10日生まれ。
早稲田大学在学中に松竹の採用試験をけて合格。1949 年に脚本部へ配属され、1950年公開の「長崎の鐘」(監督:大庭秀雄)で脚本家デビュー。
1959年に松竹を退社後はフリーとなり、1964年に「袋を渡せば」の脚本でテレビドラマデビューを果たす。以後、「おしん」「春日局」「渡る世間は鬼ばかり」など数々のヒットドラマを生み出している。

 

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