コラム

【新連載】老後をどう生きるか?

失われた生きがい。望まない延命治療。増え続ける「死ねない老人」。
人生の集大成ともいえる時期を充実して生きるために、私たちは何をすべきでしょうか。
その解決策を5回にわたって探っていきます。

❶「死ねない老人」を生み出す病院信仰

「いざというときは病院へ」という病院信仰

 国民健康保険法が改正され、国民皆保険体制が整えられたのが1961年のこと。医療を受けるのは国民の当然の権利となって、既に55年が経ちます。そのなかで広がってきたのが「何かあったら病院へ」「いざというときは病院へ」という病院信仰でしょう。
 今の高齢者を見守る家族にはこの病院信仰がすっかり根付いているため、年齢やこれまでの治療経過などにかかわらず、お年寄りに異変があれば慌てて救急車を呼んでしまう例がほとんどです。
 高齢者が意識のない状態で搬送されると、ほぼ自動的に心臓マッサージや人工呼吸が行われます。それによって一命を取り留めても、意識が戻らないまま人工呼吸装置によって生かされている状態になる高齢者もいます。また、意識が戻っても気管に管を入れられたお年寄りは口もきけず、チューブ交換のたびに苦しさに顔をゆがめる状況が続くこともあります。
 運よく心拍や呼吸が戻ったときは家族もホッとするわけですが、その後も胃ろうのような経管栄養をするか否か、といった相談が医師と家族との間で延々と続けられます。まさにこの状況が「死ねない老人」を生み出しているのです。

年金を頼りにして「死なせない」パラサイト家族

 お年寄りの救急搬送といえば、こんな話があります。私の友人医師が勤める病院に、肺炎を発症した90代の男性が運ばれてきたそうです。付き添ってきた家族の中年男性は、友人医師に怖い顔をぐいと近づけて「うちのじいさんに何かあったら、ただじゃおかないからな」と凄すごんだといいます。 
 実はこの家族は、お年寄りの年金で生活をしていたのです。友人医師に凄んだのは、一家の収入源が亡くなるようなことがあれば許さない、という意味だったようです。幸い、このおじいさんは奇跡的に回復して帰宅されたそうですが、それにしても90代という高齢者に「何かあったらただじゃおかない」と医師に迫る家族というのも、すごいものです。もはやお年寄りをATM(現金自動支払機)か何かのように考えているわけですし、病院へ連れていけば命もコントロールできるという誤った医療過信にも言葉を失います。
 この家族ほどでないにしても、十分な年金支給を受けている高齢世代に依存して生活する「パラサイト(寄生)」家族は、決して珍しくありません。
 親の介護のために子どもが離職し、やむなく年金頼りの生活になっている家族も多くいます。
 また経済的に依存関係がなく、高齢者が「もう十分に生きたし治療にも疲れた、家で過ごしたい」と思っていても、家族がそれを許してくれないというケースは昨今、本当に多くなっています。
 家族が「1日でも長く生きてほしい、そのために病院で治療を」と願う気持ちもよくわかりますが、それが必ずしも高齢者のためになるとは限りません。かえって穏やかな最期を遠ざけてしまい、お年寄りの心身の苦しみを長引かせる場合もあることを覚えておかなければなりません。

家族を混乱させる「遠くの親戚問題」

 長年の介護の末、容体が変わってもあえて救急搬送をしないことを選ぶ家族もおられます。高齢者が「無理な延命治療を望まない」「最期まで自宅で過ごしたい」という意思を周囲にはっきり伝えていて、介護をしている家族もそれを了解している場合です。
 しかし、それでも高齢者の意思や希望が尊重されず搬送されてしまうケースも現実にはあります。実家から離れて住んでいる子どもや田舎の親類などが、いよいよというときになって「やっぱり病院で治療を受けさせてほしい」と突然口を挟んでくることがあるのです。終末期の人の家族を混乱させる「遠くの親戚問題」といわれるものです。
 高齢者のそばにいて長く介護をしてきた人であれば、長生きしてほしいと思いつつも、「もう十分にがんばった、あとは本人の希望をかなえてあげたい」という気持ちに行き着くことが少なくありません。けれども、親しい付き合いのない遠い親戚にあたる人たちには、高齢者の苦労や、家族がそういう心情に至った経緯が見えません。「病院に行かせないなんて世間体が悪い」とか、「まだ何か治療法があるはず」と主張して救急車を呼んでしまうのです。
 ときには近い家族間、兄弟間でも、介護や終末期のあり方について意見が割れることがあります。
 こうなると高齢者は病院で望まない延命治療を施されることになり、家族間にも大きな亀裂が残ります。人生の終わりの一幕がトラブルばかりになってしまい、誰も幸せにならないつらいパターンです。

杉浦 敏之(すぎうらとしゆき)
1988年千葉大学医学部卒業。同大学院で医学博士号取得。
2003年より医療法人社団杉浦医院院長、2004年より同医院理事長。25年間にわたり高齢者医療に携わり、地域医療を充実させるために末期がん患者への在宅医療も行う。

 

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