コラム

モノとこころの整理術 老いへの「ケジメ」④

モタさんの言葉④

 死のこわさを和らげる方法として、生の未練をどれだけ少なくするかということに尽きるだろう。(本文より)

未練とどう折り合いをつけるか

どんな宗教にも、死のこわさを取り除くためのいろいろな教えがある。
 だが、そこで「こわくない」といわれたとしても、現実問題として、死の恐怖が去ることはないだろう。
 ―― 仙崖(せんがい)和尚という禅宗の高僧の話をする。
 江戸後期に博多にいた和尚だが、この和尚の死ぬときの話が伝わっている。
 禅宗では、偉いお坊さんが死ぬときは、「遺偈(ゆいげ) 」といってうんちくに富んだ言葉を残さなければならないことになっている。
 いまわの際、仙崖和尚が何というか、弟子たちが集まり、固唾(かたず)を飲んで見守っていたところ、和尚はこういったそうである。「死にとうない」。まさかと思って聞き返すと、和尚は、「ほんまにほんまに」と続けた。
 この言葉をどうとらえるか。いろいろな解釈があると思うが、素直にとれば、高僧だって死はこわいということであろう。
 修行を積んだ高僧がこわいものを、われわれがこわくないなどということはできない。
 こわくて当たり前なのである。
 結局、未練があるからこわいのだから、未練を少なくしていけば、それは少しずつ少なくなっていくと思える。なくなるのではなく、少なくなるのだ。
 たくさんの未練があれば恐怖は大きいし、未練が少なければ、それだけこわさは小さくなるはずである。
 私がこれから書いていくのは、死のこわさを和らげる方法として、生の未練をどれだけ少なくするかということに尽きるだろう。
 そのために何をやるべきなのか、あるいは何をやらざるべきなのか。
 今日の日本人の多くは無宗教である。ということは死後の救いとか、天国の存在を具体的にイメージしているわけではないということになる。
 死後の救いとか、天国の存在をイメージできれば、死はこの世から天国へのたんなる移動に過ぎなくなるから、こわさはそれほどでもないだろう。
 そういう救いの道があるのに、それに必死になってすがることのない日本人は、いったいどのように死の恐怖と付き合ってきたのだろうか。それはいい換えれば、いかに日常の未練をなくしてきたのかということになる。
 私は、おそらく日本人は「足るを知る」ことを生活の知恵として実践してきたのではないかと思っている。
 つまり、現代人のように欲が無限に広がるということはなく、みな自分の生活の範囲でそこそこの欲を持ち、つましく生きてきたのである。
 融通無碍(ゆうずうむげ)ならぬ、「融通無我(むが)」がそこにある。
 もともと個人主義の育たなかった日本人は、大きすぎる欲とか巨大な願望を持たずに、人生を全うする術(すべ)を心得ていたのである。そう思わなければ、無宗教で安穏(あんのん)としていられるはずがない。
 個人主義の発達した欧米が、キリスト教による魂の救いを考えてきたのに対して、日本人は生きている間の欲を大きく膨ふくらませないことで、未練をなるべく残さないように努めてきたのではないかということである。少ない欲を持ってたんたんと生き、そしてたんたんと死んでいったのではないかと思う。
 まさしく融通無我の実践である。
 以下で探りたいのは、そのような生き方が現代人にも可能なのかどうか、ということである。
 結論はわかっている。可能である。
 それは、生きがいを見つけ、欲を少なくして日々を一生懸命生きることで、未練を少なくしていくということに他ならない。

大きくなっていた欲を小さくする

 未練を少なくするとはどういうことなのだろうか。
 それを私は小さな「ケジメ」というのだが、これは、たとえばオカネはいらないとか、財産もいらないとか、地位もいらないとか、つまり無欲に生きるとか解脱(げだつ)するということではない。
 オカネなら必要なだけでいい。
必要な分はあといくらかを計算して、その範囲であればいい。財産にも同じことがいえる。
 地位もそうだ。なにも社長を目指さなくても、今が課長ならば、それでよしとする。車だってそうだろう。高級外車に乗りたいという欲を、国産大衆車でいいじゃないかと歯止めをかける。そういうふうに、自分の欲を見直し、ささやかな歯止めをかけていく。
 このような歯止めは、生活全般にわたって考えられる。 ともかく、そういうふうにして大欲を小欲へ、欲の量を少なくしていくことで、生への野放図な執着を小さなものにしていく。それが私のいう未練を少なくするということであり、生への小さな「ケジメ」である。

老いへのケジメ

斎藤 茂太(さいとうしげた)
精神科医・医学博士。「人生は悠々と、急がずあせらず」をモットーに、おだやかな人柄で知られ、「モタさん」の愛称で親しまれている。2006年11月逝去。著書多数。

 

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