コラム

モノとこころの整理術 老いへの「ケジメ」③

モタさんの言葉③

 一年のできごとは、その年の終わりに区切りをつけてしまう。これが老いへの心構えのように思う。(本文より)

日記、引き出しなどをどう整理するか

 人が旅立った後、残された人にとって一番処分に困るのが、日記、手帳、手紙の類であるという。
 捨てるわけにはいかない。かといって、子々孫々まで残すというものでもあるまい。
 結局は、残された人が自分の手で焼くというのが、一般的な処分のようだ。
 だが、亡くなった人の日記が引き出しから出てくれば、そのまま開かずに焼却するという人は少数派だろう。
 何を考えていたのだろう、自分のことをどう思っていたのだろうと気になるはずだし、寂しさも手伝ってページを開いてみるに違いない。
 残された人は、残された人の気持ちで日記を開く。ところが、書くほうにしてみれば、そんなことは考えずに自分のためだけに書いているのだから、その時々の心情が赤裸々に書かれているはずだ。
 夫婦ゲンカをしたときは、もう別れようと思っているとか、こんな伴侶といっしょにいなければならない自分の人生はいったい何だったのかとか、あるいは、別の女性や男性に心ひかれているとか、もっとエスカレートして、不倫をしているとか、そんなことも書いてあるかもしれない。
 これはつらいことだろう。責めたい相手はこの世にいないのだから、大きなこころの傷を抱えたまま、その後の人生を過ごさなければならなくなる。
 そこまでいかなくても、たとえば、夫婦ゲンカでカッカとするのは、ほんの一時期の感情だ。 その後うまく仲直りしたとしても、その日の日記には、「あのオタンコナス」とか、「スットコドッコイ」とか、あるいはもっと辛しん辣らつな言葉で、相手への恨みつらみが書き残される。
 本人はそれですっきりしたはずだが、ずっと後になって、それを読まされるほうはたまったものではない。
 そう考えると、もし日記をつけているなら、これは残さないものの筆頭にあげられるかもしれない。夫婦は息の長いコミュニケーションで成り立っている。死んでしまった後では、もう弁解はできないのだ。82_column01-1

 日記は、生きている間だけ、書いているその人だけに意味があるものであって、その他には意味がない。
 心情を赤裸々に吐露(とろ)したものでなくても同じだ。たとえ株が上がったとか下がったとか、仕事がどうだったというようなものであったとしても、残された人にとっては、役には立たないが、かんたんに捨てられない重さのある、処分に困るものである。
 私は、日記は書くということに大きな意味があるのであって、残すことにはじつはあまり意味がないのではないかと思っている。
 今日はこんなに愉快なことがあったというときに、その気持ちを書かずにはいられない人はいる。逆の場合もある。書くことによって、印象を強めたり、あるいはストレスを発散するという人である。
 じつは私もそんな一人である。たとえば妻とケンカをしたときなど、遠慮会釈なく、思いの丈を書き連ねる。これで多少なりとも興奮がおさまり、溜飲が下がる。なにしろ、一方的に悪いのは妻であって、私は絶対に正しいということが書いてあるのだから。
 二、三日してこれを見ると、まあなんと都合のいいことを書き散らしているのかと思う。そんなものである。
 楽しかったことも、つらかったことも、頭の中に記憶として留まっている程度がいいと思うのである。だから、日記も一年間書き続けたら、そっと自分で読み返してみて、なるほどなと思ったら、自分で処分してしまう。そんな選択があってもいいのではないか。
 一年のできごとは、その年の終わりに区切りをつけてしまう。これが老いへの心構えのように思う。
 机の引き出しに放り込んであるメモなどといっしょに処分する。そして、新しい気持ちで真っ白な日記と向かい合うというのは、清々しい生き方に違いない。
 夫婦といえどもプライベートな部分はある。可能な限り相手に見せないようにするという「ケジメ」も、思いやりというものではないだろうか。
 ふとふりかえると、何十年もの日記や手紙の類が段ボールに詰まっているというのは、随分とフットワークの重い生き方のような気がする。
 交通事故で病院に担ぎ込まれて、苦しい息の下で、あの日記をなんとか処分しなければと思うのでは本人もやり切れまい。

老いへのケジメ

斎藤 茂太(さいとうしげた)
精神科医・医学博士。「人生は悠々と、急がずあせらず」をモットーに、おだやかな人柄で知られ、「モタさん」の愛称で親しまれている。2006年11月逝去。著書多数。

 

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