コラム

【最終回】「幸せな 人生」に必要な たった1つの言葉(メ ッセージ)⑨

人生最後の日を感謝で迎えるために。
1000人以上を看取った医師が出合った18の実話(ストーリー)からお届けしてきた、後悔しない人生のために知っておきたい珠玉のメッセージ、今月は最終回です。

ストーリー9「比べない」生き方で取り戻せたもの

どんな空だって美しい 灰色に淀んだ空を眺めている時、私はふと、あることを思い出しました。それは小林さんとのひと時でした。
「雨ですから、うっとおしいですね」
 どしゃ降りの雨の音が病院の防音壁を越えて入ってくる朝でした。小林さんはまどろみの中であったようで一瞬驚いたように私を見ると、落ち着いた声で言いました。
「そうですか?」 私はまだボーッとされているのかと思い、もう一度繰り返しました。
「これだけ雨が降っていると、気持ちがなかなか晴れませんね」
 小林さんは苦笑すると、言いました。「本当にそうでしょうか?先生はそう思いますか?」
 明確にノーという返事を示されています。私はどうしてかと思いました。
 小林さんはいわゆる「理系」で、仕事では大成功を収めた方でした。極めてアクティヴで人の何倍もの濃密な時間を脇目も振らず生きてこられた方でした。その無理がたたったのかな。
彼はそう述懐します。まだ40代前半なのです。肺がんの高度進行期でした。
 私は何気ないやりとりで患者さんをいらだたせるのを好みません。申し訳ないとかぶりを振ると、彼は言いました。
「先生が仰ることはよくわかります。僕も雨は好きではありませんでした。と言いますか、雨かどうかなんて気にしていませんでした。病気になるまで、自分の関心の対象外だったんですよ」
「お忙しかったのですものね」
「ええ。……いや、やっぱり違う。忙しいって字と同じように、心を亡くしていたのかもしれません。僕の入院生活も長くなったでしょう?ここからは空がよく見えるから、いろいろなことを考えるんです。たとえば、先生。毎日雨が降っていたらどうでしょうか?」
「毎日雨?それは嫌かもしれませんね」
「そうかもしれません。でも、もし生まれた時からずっと雨だったら……?」
 生まれた時からずっと雨。そうすると、雨は嫌になるだろうか?考えても結論は出そうにありませんでした。
「毎日雨だったら、それが普通です。晴れがあるから雨が嫌になる。もし毎日晴れていたら、今度は雨が恋しくなるでしょうね。先生、僕たちって、すぐにそうやって比較してしまいません?雨があるからこそ、命は育(はぐく)まれる。晴れもまた、植物の光合成を助ける。それぞれに価値がある。それなのに僕たちは、物事の絶対的な価値を見つけることができない。常に相対的なんです」
「本当に……そうですね」
「ありのままの雨、ありのままの晴れを感じればいい。それぞれに良さがあるんです」彼はニッコリと私を見て言いました。静かなひと時が流れました。
「ははは、偉そうなこと言ってますけれども、僕はずっと空なんて興味なかったんですよ。そこにいつもあったのに……見ようとしなかった。
先生、雨でも晴れでも、暗い灰色の曇りでも、雷がくる前のおどろおどろしい空でも、どれもきれいですよ。もう僕は、あの空の下を、空気を感じて歩くことも、そんな時間も限られているんです。そんな目で見れば……どれだって美しいんですよ」かすかに涙を浮かべて、小林さんは言いました。私は言葉を失いました。
「先生、僕は病気に感謝し始めています。病気になって気が付きました。人が人である限り、完全に満足することはないのだと思います、未来永劫。僕たちはその問題の解き方をいまだ知らないのです。本当は、絶対的な価値を常に感じられればいい。しかし、隣の青い芝生を見て、自分のより青いと感じる、そんな感じ方しかなかなかできないのが人間だと思うのです」
 先ほどの雨を厭(いと)うた自分を思い出しました。
「病気のおかげで、僕はそんな比較して無限を追い求める人生から、すぐそこにある幸せを感じる力を、ほんの少しだけ取り戻すことができました。それに感謝したいんです」
「なるほど……」
「人は無限病ですね。あるいは相対病。無限に明日が続くと思っているから感謝できないのだと思います。僕のように、終わりが……」
 小林さんは言葉に詰まりかけましたが、すぐに気を取り直して「大丈夫です。終わりがあることを知れば、たくさんのことに感謝できます。
病気に感謝です。なんでも相対的に見てしまう相対病を治してくれて、ありのままを見ようとすることを教えてくれた……限りある命に感謝です」彼は言葉に詰まりながらも、そう言いました。
 その後、彼は家に帰り、普通の人の何倍もの濃密な時間を過ごして逝かれました。雨を、晴れを、全てをあるがままに捉えようとした彼の言葉は、今も私の心の中で残っているのです。
 改めて、お尋ねします。皆さんは人生最後の日、大切な人やものに対してだけでなく、自身の命にも感謝して過ごせそうですか?それは、どれだけ命や人生について深く考えて過ごしたかにかかっている。私はそう思うのです。

大津 秀一(おおつしゅういち)1976年生まれ。茨城県出身。岐阜大学医学部卒業。緩和医療医。多数の終末期患者の診療に携わる一方、著述・講演活動を通じて緩和医療や死生観の問題などについて広く一般に問いかけを続けている。

「幸せな 人生」に必要な たった1つの言葉

 

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