コラム

「幸せな 人生」に必要な たった1つの言葉(メ ッセージ)⑧

人生最後の日を感謝で迎えるために。
1000人以上を看取った医師が出合った18の実話(ストーリー)から、後悔しない人生のために知っておきたい珠玉のメッセージを9回にわたって紹介します。

ストーリー8 大切な人を亡くした時、最も後悔すること

「今」伝えることが大切

 講演会の後に、ある方からご挨拶を受けました。40代女性の瀬川さんです。
「先生、私のような悔いを皆さんには味わってほしくないんです」
 彼女が私にしてくれたのは、こんな話でした。 瀬川さんにはかつて大変お世話になった、畠山さんという恩人がいました。最初の職場で右も左もわからない瀬川さんに、忍耐強く仕事を教えてくれた方でした。同期の中で、最もできが悪いのが瀬川さんで、ほかの職員は瀬川さんをあざけり、バカにしました。「お前みたいに仕事ができない人間はいない」とさえ言われ、瀬川さんはトイレで泣きました。しかし畠山さんだけは怒らず、いつもニコニコと「大丈夫。頑張ればそのうちできるようになるから」そう言って励ましてくれるのでした。
 ただ一度だけ、すごく怒られたことがありました。それはお客さんのことを考えない振る舞いをしたからでした。
「瀬川、これだけはだめ。私たちの仕事は、お客さんの気持ちにならなくちゃ」 厳しい表情の畠山さんの姿から、瀬川さんははっとしました。
「結局、自分のことだけしか、私は考えてこなかったのかもしれない」
 瀬川さんは反省しました。そして、誰よりも尊敬する先輩である畠山さんに胸を張れるような仕事をしたいと、一生懸命に努力しました。そうして彼女はじりじりと同期に追いつき、追い越し、いつしか彼女を軽く見ていた先輩たちも抜いて大きな業績を上げて、ついには独立しました。畠山さんは、その手を離れる瀬川さんを、心からの笑顔で送り出してくれました。
「瀬川、私はあなたと仕事ができて良かったよ。これからが本番だね!頑張れ」
 それから、あっという間に十数年が経ちました。久々の同期での飲み会で知ったのは、畠山さんが末期がんに侵されているという事実でした。瀬川さんは急いで畠山さんに電話をかけました。
「瀬川!」声は嬉しそうでしたが、か細く、かすれ声でした。時の侵食以上に、何かが以前と変わっていました。
「畠山さん、聞きました。……大丈夫ですか?」
「大丈夫なはずないじゃない、ははは。私、末期がんよ」
 瀬川さんはつい涙がこぼれそうになるのを必死で押しとどめました。
「泣いてるんでしょう?」ちょっと明るくなった声で畠山さんは言います。
「泣いてません」
「そ?ずいぶん前にあなたは泣き虫を卒業したもんね」
「畠山さんにだいぶ教えてもらいましたから」
「本当ね」
 声には少し張りが戻り、瀬川さんはちょっと安心しました。
「畠山さん、ところでお見舞いに行っていいですか?」
「ん……まあいいけれども、もうちょっと経ってからがいいかな?今、抗がん剤の治療中で、髪もないしね。眉もないのよ。びっくりするわよ、私ってわからないかもね。つるつるよ」
 明るい声の奥底に潜む何かを感じて、また瀬川さんは泣きそうになり、ぐすりと鼻をすすりました。
「やだあ、瀬川。また泣いてるの?」
「いえ、泣いてません」
「そうね、今、1月でしょう?桜の頃に会いましょうよ」
「寒いですもんね。畠山さん、寒いの嫌いですものね」
「ははは、関係ないわよ。でも、痩せたかなあ、脂肪もすっかりなくなっちゃって寒いかも、ははは。そうね、治療をきっちり受けて、元気になってからね。驚くほど元気な姿を見せてあげるから。そして……あなたのこれまでを教えて。頑張ったんでしょう?あなたの会社、名前をよく聞くわよ」
「畠山さんのおかげです」
「そんなことない。あなたの努力よ」
「畠山さんの……」
「やだ瀬川、泣いてるでしょう?」
 泣いていました。涙が止まりません。畠山さんは瀬川さんにとって超えられない背中でした。独立し、仕事は誰にも負けない、そういう自負があります。それでも、何もできない自分を育ててくれたのは畠山さんであり、そのおかげで今の自分があるのです。
「しょうがないね、瀬川は」
 瀬川さんは気が付きました。電話口の向こうの、畠山さんも泣いているのではないかと。
 時は流れて、いつもと変わらない春がきました。瀬川さんにも桜の季節がきました。けれども畠山さんは、桜の季節を待たずに急逝(きゅうせい)しました。
 瀬川さんは悔やみます。
「なぜ、あの時、もうひと押しして、畠山さんに会いに行かなかったのか」と。瀬川さんは、畠山さんに感謝をどうしても伝えたかったのです。けれども畠山さんの「桜の時期にね」の言葉に、つい遠慮してしまいました。
「まだ大丈夫だろう」という気持ち。逝く側の躊躇(ちゅうちょ)。送る側のためらい。けれど、誰もがいつ、最期を迎えるかわかりません。だから、「伝えたい思い」は、今、伝えなければ間に合わないのです。

大津 秀一(おおつしゅういち)1976年生まれ。茨城県出身。岐阜大学医学部卒業。緩和医療医。多数の終末期患者の診療に携わる一方、著述・講演活動を通じて緩和医療や死生観の問題などについて広く一般に問いかけを続けている。

「幸せな 人生」に必要な たった1つの言葉

 

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