コラム

「幸せな 人生」に必要な たった1つの言葉(メ ッセージ)⑦

人生最後の日を感謝で迎えるために。
1000人以上を看取った医師が出合った18の実話(ストーリー)から、後悔しない人生のために知っておきたい珠玉のメッセージを9回にわたって紹介します。

ストーリー7 「忘れられない瞬間」を生きていますか?

全てを受け入れていた水田さん

 重い子宮頸がんを患う50代女性の水田さんは、大変目を引く存在でした。ホスピスで最初に会った時、彼女はなんの感情の揺らぎもなく、こうおっしゃいました。
「先生、死ぬことはもう覚悟はできています。いつになるか教えてください」
 彼女は「死ぬ」ことを、まるで「食事はいつですか?」と日常のことを確認するかのように尋ねたのです。彼女の入院生活は私たちに少なからぬインパクトを与えて始まりましたが、入院後も死を怖がっている様子はみじんもありませんでした。
 水田さんには何度か離婚歴があるようでした。最後の夫は、高度に進行したがんとわかったことをきっかけに別れられたようです。両親はすでに亡く、遠く離れた実家は妹さんが継いでいました。最初の夫との間に一人娘がいましたが難しい事情もあり、妹の娘、つまり「姪(めい)」として、娘は実家に引き取られました。彼女は自分の中で、そのような事情をすべて消化されていました。彼女は「娘は妹のところで育っているんですよ」と、それもまた言葉少なに表現されるのでした。
 一人で過ごすことがほとんどだった彼女は、はたから見ると、孤独のように見えました。それでもさみしそうな感じは一切なく、時にはほかの末期がんの患者さんとも交流され、静かに日々をおくられていました。
「先生、私はいつ死ぬんでしょうね?」
 彼女の経過は意外に長くなりました。不思議と「死にたくない」という方が早くに亡くなってしまい、逆に「早く迎えに来てくれたらいい」という方に、死が寄ってこないことがあります。死とは相当いやらしい奴だな、と思うゆえんです。
 そんなある日、妹さんと「姪御(めいご)さん」が来院されることになりました。
20代の、切れ長の目を持つ娘さんは、水田さんによく似ていました。時折、看護師が邪魔をしない範囲で水田さんの様子をうかがいに行きました。というのは、水田さんの病状は、この数週間で下り坂の傾向を示していたからです。娘さんとの最後の面会になるのは、明白でした。
 にこやかなひと時でした。たわいのない話を姪御さんがされて、水田さんは笑いました。昔の話、今の話、そして最後に「また」と、二つの手は結ばれ、ほどかれました。涙のひとつもない、温かな別れだったようです。

忘れられない瞬間がありますか?

 夕刻、部屋を訪れると、彼女は静かに窓の外を見ていました。お世辞にも景色がいいとは言えない部屋の窓からは、いつも通り灰色のコンクリート壁が見えましたが、夕焼けがそこに彩りを添えていました。
「どうでしたか?」
 彼女は私のほうを見ると、静かに笑いました。
「いつもと同じでしたよ」
「いつもと同じ?」
 確かに、彼女を見舞う他の人々と変わらない、和やかなひと時であったのは同じでした。けれども、相手は自分の娘、それも最後と思われる面会だったのです。特別な思いが湧き上がることはなかったのでしょうか。私の想像を感じ取ったのか、彼女はふふと笑うと、こう質問されたのです。
「先生は忘れられない一瞬ってありますか?」
「忘れられない……?」「そう、人生には、忘れられない瞬間がありますよね」
 言われてみればそうかもしれません。何十年も生きていても結局思い出すのは、いくつかの短いシーン。まるで一瞬だけ時が止まったような。その色や香り、生き生きとした雰囲気が色褪せることなく想起されるような。
「あるかもしれません」
 彼女は静かにうなずき、再び窓を見ました。この瞬間こそが、私にとっても忘れられない光景になるのではないかという予感がよぎりました。そして、彼女はつぶやくように言いました。
「忘れられない瞬間……そのためにこそ、人は生きるのかもしれませんね」
 窓に向けた横顔の、口元はわずかに微笑んでいました。
 勝った時、負けた時。失った時、得た時。友との、親との、共に歩んだ人との、そして共に歩めなかった人との。そんな忘れられない瞬間が、生きていれば何度かやってきます。できることならあの頃に戻りたいという懐かしさが、ほろ苦くにじむこともあるでしょう。しかし、そんな瞬間にこそ人は生きるのかもしれない、彼女はそう言ったのです。忘れられないくらいの嬉しさや楽しさ、だからこそ感じる深い悲しみや別れのつらさを味わい尽くして、人は旅立つ。そのために人は生きる
――魅力的な考えです。彼女は最後にこう言いました。
「娘には感謝です。そして今日のひと時が持てたことに感謝です。忘れられない瞬間を与えてくれたことにも」
 目を細めて、夕陽の残影を灰色の壁に眺めながら、彼女と私は時が止まったかのように、しばらくその場にい続けたのです。

大津 秀一(おおつしゅういち)1976年生まれ。茨城県出身。岐阜大学医学部卒業。緩和医療医。多数の終末期患者の診療に携わる一方、著述・講演活動を通じて緩和医療や死生観の問題などについて広く一般に問いかけを続けている。

「幸せな 人生」に必要な たった1つの言葉
 

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