コラム

「幸せな 人生」に必要な たった1つの言葉(メ ッセージ)⑥

人生最後の日を感謝で迎えるために。
1000人以上を看取った医師が出合った18の実話(ストーリー)から、後悔しない人生のために知っておきたい珠玉のメッセージを9回にわたって紹介します。

ストーリー6 人生、「ない」ことが幸せなこともある

ないからこそ気づく幸せ

「先生さー、俺、得したと思うんだよね」
 60代男性で末期がんを患っている桑畑さんが言います。
「得したって、何がですか?」
「金がないことだよ」
 ちょっと前まで、治療費がもったいない、俺はお金がないんだよと繰り返し言っていた姿を思い出して、私はちょっと頬がゆるんでしまいました。
「この間まで、それで困っていませんでしたっけ?」「ああ、困っていたよ。でもさ、アレ、この間の鈴木さんちのアレ、見ちゃったのよ」 鈴木さんは資産家の、末期がんの患者さんです。残念なことに、世話をしてくれている長男とそのお嫁さんと、遠方に嫁いでいる長女が修復不可能なくらいに関係が悪化し、ほかの病室にも聞こえるくらいの大喧嘩をしてしまったのでした。
「ありゃあ、鈴木さんが気の毒だね。でも、あんな喧嘩になっちゃうってのは、自分のせいってのもあるよね。元気なうちにケリをつけていればさ」「ん、まあ、元気なうちはうまくいっていたのかもしれませんね」「なるほど……そうかもなあ。鈴木さんの奥さんと話したことあるけれどもさ、本当にご立派な方でね、『桑畑さんも、頑張ってください』なんて励ましてくれるんだよね、偉いよね。こんな俺まで励ましてくれちゃうなんてさ」「そうなんですね」「でも、かわいそうだね、鈴木さんも奥さんも。おそらく俺なんか想像したことがないくらいお金を持っているのにさ。その持っていることで、子どもらが喧嘩しているんでしょう?」
 私はふと、桑畑さんのことも気になりました。「そういう桑畑さんも、ご兄弟がいましたよね」「ああ、いますよ。でも俺の場合は、喧嘩別れってわけじゃあないんですよ。自然に疎遠になったというか……」「自然に、疎遠?」「変かなあ。先生は若いからわかんないと思いますよ。兄弟にだって家庭ができるでしょう?それぞれの家庭のことで大変だ。結局独り身は俺だけだったから、母ちゃんの世話は俺がしたけれどもさ。母ちゃんも倒れる前は一生懸命働いて、俺もびっくりしたんだけれども、少しはお金を残してくれていたんだよね。でも喧嘩するほどの額ではないわけ。まっ、だから俺の場合はいがみ合って別れたわけではないからね。金じゃなくて母の切れ目が縁の切れ目だったね、うちは。ははは」
 桑畑さんは繊細な人でもありました。優しい彼は、人に迷惑をかけたくないという思いが強く、兄弟には苦しい胸中を話すことはなかったのです。
「俺、思ったの、俺は本当に金がないじゃない?でもさ、鈴木さんちの奥さんに聞いたんだよ、うちは2代目なんですって。それじゃあ娘さんや息子さんは3代目だから、生まれながらの金持ちだろう?」「なんでも聞いているんですね」「気になっちゃってよ。それでさ、俺なんか、金がないことのほうが多かったのよ。親父は飲んだくれでさっさと死んじゃうし。だから母ちゃんは俺たちをおぶって本当に一生懸命に働いたよね。まあ、貧乏極まりなかったから、俺もさっさと働きに出なくちゃいけなくて」彼は配管工として、仕事を頑張ってきました。
「ただ、半分は親父の血を引いているから、金がたまんないのよね。酒も好きだし。結局トントンだったな、黒字と赤字。でもさ、おかげでお金がすごくありがたいのよ。マイナスを知っているからプラスがどれだけありがたいかって思うの。鈴木さんちは、それこそ、うなるほどにお金があるわけでしょう?でもさ、きっと恵まれてると思っていないじゃない」「どうなんでしょうかね」「そうでしょう?最初から金持ちだったら、わかんないですよ、お金の本当のありがたみなんて。金がないからわかるんですよ。そんでもって、金がないからこそ、俺のように争いはゼロですよ」「そんなもんですかね?」「あるからもめる、そう思わない?俺みたいにすっからかんだったら、もし子どもがいても争うもくそもないですよ」「完全にゼロだったら、争点はそこには生まれないでしょうね」「そうそう、争点、それそれ」彼はしたり顔にうなずいて、そしてちょっと真剣な顔で言いました。
「人生いろいろなことがありました。大変なこともたくさんありました。お金もおおむねありませんでした、ははは。でも、そのおかげで、あることの幸せも知りました。そして今、こうやって何も残さず、争うものもなく、静かに一人で死んでいきます」
「……」
「人生足し引きゼロ!でも、楽しかった、ありがとう」
 桑畑さんは満面の笑みを浮かべてそう仰いました。
 ないからこそわかることがある。それを私に教えてくれた桑畑さんのニヤリとした笑顔は、今でも暗い気持ちを吹き飛ばしてくれるのです。

大津 秀一(おおつしゅういち)1976年生まれ。茨城県出身。岐阜大学医学部卒業。緩和医療医。多数の終末期患者の診療に携わる一方、著述・講演活動を通じて緩和医療や死生観の問題などについて広く一般に問いかけを続けている。

「幸せな 人生」に必要な たった1つの言葉
 

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