コラム

「幸せな 人生」に必要な たった1つの言葉(メ ッセージ)⑤

人生最後の日を感謝で迎えるために。
1000人以上を看取った医師が出合った18の実話(ストーリー)から、後悔しない人生のために知っておきたい珠玉のメッセージを9回にわたって紹介します。

ストーリー5 世の中に「必要のない」人間なんていない

お母さんのことが気掛かりだった足立さん

50代男性の足立さんは、手ごわい進行がんでした。母親と2人暮らしをしていましたが、年老いたお母さんは数年前から体の具合が悪く施設に入居していました。足立さんはよくお母さんを見舞っていました。そんな矢先にがんの発覚。施設でそれなりに元気に生活しているお母さんより、彼が先に身み罷まかる可能性は高いといえました。
「どうも気持ちが晴れません。もやもやとします。明日も介護保険の認定調査で役所の人が来るんですが……明日、役所の人と会わなくちゃだめですか?役所ってのは無機質であまり好きではないんです」
 ストレスをためやすいとご自分でもお話しされていた足立さんは、自分の苦しみについて話し出すと、30分や1時間過ぎることもざらにありました。
「まだ病気のお話を聞いてから、それほど日にちも経っていないですから、いろいろとお考えになるのは当然だと思いますよ。じっくりやっていけばいいと思います。ただ、お役所などの手続きは時間がかかりますから、進めておくのはいいかもしれませんね」私が答えると、「そうですね。少し不安が軽くなりました」と仰るのですが、まだまだ多くの不安がたまっていると感じました。
 そんな彼の話を、私や同じく緩和チームの精神科医もよく拝聴しましたが、それ以上に話を聴いていたのが、病棟の看護師でした。
 病棟看護師の中橋さんが彼の部屋に行くと、その顔は絶望に占拠されていました。彼女の顔を見るなり彼はこう言いました。「なんか……見捨てられた気がして。もうやれることがないから緩和ケアなんでしょう?」
 中橋さんはまだ20代半ばの若手看護師です。
キリッとした風貌ですが、どこか話しかけやすそうな雰囲気を漂わせています。足立さんのほうがふた回りほど年が上です。私も若手の頃は「先生のような若い先生に、患者は胸の内を話すのですか?」と尋ねられたことがありますが、年齢は関係ありません。人は聴いてくれそうな人には気持ちを話すし、そうではない人には話さない、シンプルなものです。中橋さんは優しく答えました。「緩和ケアは手の施しようがない人が対象ではありませんよ。つらいという症状がある患者さん全員に行われるものです」
 中橋さんは少し何かを考えた後に、息を吐き出すようにこう言いました。「いろんな人が来て話をして、疲れました。もうその時がきたんだなって思って……。もういいですよ。
僕は独り身でしょ。世の中に必要のない人間なんですから、いつ死んでもいいんです」
――もう死んでもいい これはSOSの言葉でもあります。例えば「もう死んでもいい」と苦しみの果てに言ったとして、すぐに「今日、明日には死なないので大丈夫ですよ」「悲しいこと言わないでください」と言われたいでしょうか。なぜ、これが出るのか。医療者はそこに思いを巡らし、沈黙し、必要があるなら返事をします。若い看護師の中橋さんは、とても興味深い切り返しをしました。
「足立さん……私も世の中に必要のない人間です。看護師は代わりがいっぱいいるんです。でも、私は足立さんがいなくなったら寂しいですよ」
 足立さんは、ハッとした顔をしました。予想もしなかった答えに何かを考えているようでした。時が止まったかのような瞬間を経て、言ったのです。「あ……ありがとう、中橋さん。ありがとう」
 中橋さんはうなずくと、答えました。「私たちは足立さんが少しでも、精神的にも身体的にも楽になってほしいと思っています。足立さんは良くはなりたくないですか?」
「良くなりたいです」
「あとどれくらい生きたいとかはありますか?」
「おふくろを看取るまでは生きたいです」
「足立さんは本当に優しいですね。足立さんもつらい状況なのに、それでもお母さんのことを考えられるってすごいことだと思いますよ」
「あ、……ありがとう。本当に、ありがとう」
足立さんは涙をこぼしました。そんな足立さんの手を取って、中橋さんはしっかり気持ちを受け止めたのです。
 病気の苦しみはひとつではありません。足立さんは、母を残して死ぬことになるかもしれないことに苦しみました。けれども中橋看護師が、彼のお母さんを思う気持ちを「すごい」と認めてくれたことで、それでも前を向いて生きていこうと思えたのです。
 終末期の方々を支える医者や看護師は、患者さんやご家族が気付かない何かを見つけることがあります。その何かを患者さんに伝えることで、病と向き合う力が増し、表情が変わり、初めて会った時とは別人のようになるのを、私たち医療者は知っています。医療者の仕事は、そのような言葉を掛けることでもあると、私は思っています。

大津 秀一(おおつしゅういち)1976年生まれ。茨城県出身。岐阜大学医学部卒業。緩和医療医。多数の終末期患者の診療に携わる一方、著述・講演活動を通じて緩和医療や死生観の問題などについて広く一般に問いかけを続けている。

「幸せな 人生」に必要な たった1つの言葉
 

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