コラム

元新聞記者が会った昭和の偉人たち 「東洋の魔女」の応援団長・淡島千景

昭和を駆け抜けた偉人たちの横顔に迫る
 ❹ 「東洋の魔女」の応援団長・淡島千景

 リオデジャネイロ五輪のメダルラッシュで東京オリンピックへの期待がふくらんでいます。しかし私のオリンピックといえば、やはり52 年前の東京五輪でした。
 新聞記者になって2年目の私は、取材班の1人として開会式から閉会式まで、さまざまな競技を取材しました。マラソンの金メダリスト、はだしのアベベから、東京大会を支えた裏方さんまで、取材で会った人たちが瞼の奥に蘇ります。

「セリフは覚えるより忘れることが大事」

女子バレーの「東洋の魔女」を熱烈支援
 東京オリンピックの開幕が近づいた昭和39年(1964年)のある日、私は東京・世田谷区の女優・淡島千景さんのお宅を訪ねました。淡島さんが金メダルの期待を集めていた女子バレーの「東洋の魔女」を熱烈支援していたからです。
瀬田の大通りから坂を下ったところにある大女優の家は、高台にそびえる2階建ての豪邸でした。広い応接間に現れた淡島さんは当時40歳。映画やテレビで見慣れた美貌に変わりはありませんが、ちょっとハスキーな口調はざっくばらんで、駆け出し記者の緊張はいつのまにか消えていました。
 取材の目的はもちろん、東洋の魔女たちとの出会いと交流の話です。面識のない私が大女優に単独インタビューできたのは、淡島さんと親しかった運動部のT部長が私を紹介してくれたからです。
 私は芸能担当ではありませんが、学生時代から映画・演劇が好きでした。そこで予定の取材をすませると、かねてから知りたかったことを聞いてみました。
 「毎日、テレビや映画、劇場に出演して大変ですね。あんなにたくさんのセリフはいつ、どうやって覚えるのですか?」
 すると淡島さんは、ニッコリ笑いました。
「プロだからセリフを覚えるのは当然よ。それより大事なのは、覚えたセリフを忘れることね。ひとつの仕事が終わったら、すぐに忘れる。頭にいつまでも前のセリフが残っていたら、新しいセリフが入らないでしょ。俳優は、セリフを覚えるより忘れることがうまくないといけないの」 あれから半世紀たって、インタビューの中身よりこの話を覚えているのは、よほど印象が強かったのでしょう。
 そして淡島さんは、私にいいました。
 「Tさんが言ってたわよ。『彼は優秀だから伸びるよ』って。えらくなるのよ」

生涯現役の女優人生

 私は大女優のリップサービスに照れながら、帰りの車で劇作家・長谷川伸の名作『一本刀土俵入り』を思い出していました。
〈水戸街道・取手宿の茶屋旅籠(はたご)、我孫子屋の前を空腹でフラフラの取的(とりてき)・茂兵衛が通りかかる。二階から見ていた酌婦(しゃくふ)・お蔦(つた)は無一文の力士の身の上を聞き、あり金すべてを与えて「立派な横綱になるんだよ」と励ました。
 しかし10年後、横綱の夢破れた茂兵衛が渡世人になって訪ねたお蔦は、飴売りになって暮らしていた。そこへ夫のイカサマ賭博がばれて押しかけてきたヤクザを茂兵衛が叩きのめし、お蔦に恩返しの金を渡して親子3人を故郷へ送り出す…〉

 その後、私は社会部記者として札幌冬季五輪も取材し、警視庁、警察庁、国会、国税庁、国鉄などの担当を経て管理職になりました。しかしグループ企業の社長を最後に退職したので、淡島さんの期待に応えて横綱になることはできませんでした。
 この間、淡島さんには会っていませんが、大女優は平成になってもテレビや舞台で活躍し、24年(2012年)2月、87歳で永眠しました。前の年までテレビドラマに出演した見事な女優人生でした。

生原伸久(いくはら・のぶひさ)
産経新聞OB。日本記者クラブ館員。76歳

 

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