インタビュー

喜劇俳優 三宅裕司さん

三宅裕司さん

輝く人 インタビュー 10月号 Vol.73

「わかりやすくて楽しいもの、そして、音楽性の高いものを作りたかった」

喜劇俳優、ラジオパーソナリティー、バラエティのMC…と多岐にわたって活躍するマルチエンターテイナー、三宅裕司さん。
自身が座長を務める劇団スーパー・エキセントリック・シアター(SET)旗揚げまでの軌跡と、最新舞台「土九六村へようこそ」について伺いました。

環境が育てたエンターテイナー気質

子どもの頃の三宅さんについて教えてください。

 母が9人兄弟だったので、私には、叔父叔母、いとこが近所にたくさん住んでいました。町内会全体が親戚のような感じですよね。しかも祖父は町会長、叔父は青年部の部長を担っていたので、お祭りなどの行事では中心となって楽しむ家族でした。また私の母は日本舞踊の先生で、叔母はSKD(松竹歌劇団)の元団員、父はタンゴが好きだったり叔父はラテン音楽が好きだったりで、私の周りにはいつも邦楽、洋楽、ダンスがあふれていました。私自身も日本舞踊や三味線、ピアノなどを習っていたんですよ。半ば強制的ではありましたが、いま振り返ってみると、私の芸能人生のベースはここから始まっていたのでしょうね。ちなみに、中学時代はベンチャーズに憧れて、ニューロック、R&Bなどバンド活動に熱中していました。そこで個々に練習してきたものが一つの音楽として完成する喜びや、それを人に聞いてもらう快感を覚えたんですね。高校では落語に没頭。日本舞踊をやっていたおかげで女形のしぐさもスッとなじみましたね。家族や親戚が落語好きで、みんなでよく見て笑っていたのですが、落語では笑わせる側の楽しさも知りました。

その頃から、すでに芸能の道を目指そうと考えていたのですか?

 いいえ。大学は堅実に経営学部に進みましたからね。本音をいえば、第一希望は演劇専攻でしたけど。でも当時の私は、今の奥さんとお付き合いをしていたので真面目に将来を考えて、企業への就職に強い進路を選択したんですよ。「彼女をちゃんと養っていかなくては」という気持ちがあったんですよね。ところが入学後、一度別れることになり、その時点で将来の目標は一転しました。勉強そっちのけでジャズコンボバンド、コミックバンド、落語研究会に明け暮れる日々が始まったんです。その後、奥さんとは紆余曲折を経て結婚することになるわけですが、この時の別離がなければ、本当にやりたかったことを始められなかったかもしれません。

求めたのは笑いと音楽の融合

大学在学中に将来の目標が明確になったわけですね?

 そうですね。喜劇役者になりたいと思い、卒業後はまず日本テレビタレント学院に入りました。ところが周りは子どもばかりで、場違いだったと気付きすぐに辞めました。その後、自分の目指す笑いを求めて「東京新喜劇」、「コントグループ少年探偵団」、「大江戸新喜劇」と転々としましたね。でも、なかなかしっくりくるものに出会えず。そこで仲間15人と共に「劇団スーパー・エキセントリック・シアター(SET)」を旗揚げするに至りました。当時は〝芝居〟というと、マニアックで難しい内容のものが多かったのですが、私は、もっとわかりやすくて楽しいもの、そして音楽と笑いが融合した芝居を作りたかった。そこで試行錯誤して生まれたのが「ミュージカル・アクション・コメディー」というジャンルだったのです。

そのSETは結成37年目を迎えました。一番苦労されたことはなんですか?

 正直なところ、劇団というのはなかなか安定して稼げる場所ではありません。でも劇団員はそれぞれ生活がかかっているので、なんとか給与制にしたいという思いがあったんです。そのためには、まず劇団の知名度を上げなくてはと考え、座長である私が広告塔となってマスコミに出るようにしました。それが予想以上に当たって。劇団に足を運んでくれるお客さんがどんどんと増えていきました。その後、テレビの司会などにも呼ばれるようになって個人的にはありがたいと思っていましたが、メディアへの露出が増えれば増えるほど、そのしわ寄せがSETのほうに及んでしまい……忙しさのあまり劇団にほとんど関われないまま作品を作らなければならず、それが団員たちに申し訳なく、本当に辛かったです。でも、そんな時に力になってくれたのが、旗揚げ時からのメンバーたちでした。彼らのフォローがあったからこそ、ここまでやってこれたのだと感謝しています。

入院の経験から体を労わるようになった

5年ほど前に入院されましたよね?

 テレビの仕事と劇団の仕事、双方のバランスをうまく取ることができず、肉体的にも精神的にも限界を迎えたのでしょう。腰よう部ぶせきちゅうかんきょうさくしょう脊柱管狭窄症で入院しました。激しい痛みやしびれで歩くことすら困難な状態でした。入院しながら「これは神様が休めといっているのだ」としみじみ思いましたね。芸能の仕事は体が資本ですから、頑張り過ぎて体を壊してしまっては本末転倒です。ある意味、自分の体ときちんと向き合う良い機会となりました。以来、体を労わるべく、生活スタイルをがらりと変えたんですよ。簡単にいえば、食事や睡眠、運動といった生活の基本的な部分の質を上げること。それによって、病気やケガが自然に治るよう日々努力しているところです。最近「三宅裕司が激やせした」とかいわれていますが、それも一つの結果でしょうね。ただ、薬のようにすぐに成果が見えてくるものではないので、今後も気長に続けていこうと思っています。それが数年後、十数年後の自分の体に返ってくると信じています。

最新の舞台『土九六(どくろ)村へようこそ』について教えてください。

 SETの特徴は、ストーリーやテーマを重視しつつ、それをより楽しく観てもらうために、笑いや音楽、ダンス、アクションの要素をふんだんに取り入れていることです。今回もどっしりとしたテーマ設定がありますが、笑いながら最後まで観ていただくと、裏のテーマにも気付かされる、そんな作品に仕上がっています。今年6月の熱海五郎一座の公演がすごく好評だったので、それを超える作品を作り上げようと、みんなで奮闘していますので、ぜひ足を運んでみてください!

★テレビで見るユーモラスな雰囲気とは裏腹に、「人を楽しませたい」という熱い思いで取り組む三宅さんの、真面目で真摯な一面にふれることができました。

土九六村へようこそ

三宅 裕司さん(みやけ・ゆうじ) 
1951年東京生まれ。’79年に自らが座長を務める劇団「スーパー・エキセントリック・シアター(SET)」を結成。さらに’04 年には伊東四朗氏を座長とした「伊東四朗一座」と、三宅氏を座長とした「熱海五郎一座」を結成し、東京軽演劇を伝承し続けている。一方『三宅裕司のヤングパラダイス』『三宅裕司のサンデーヒットパラダイス』などラジオのパーソナリティとして、『テレビ探偵団』『THE 夜もヒッパレ』『助けて! きわめびと』などテレビのMCとしても活躍中。

 

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