コラム

「幸せな人生」に必要な たった1つの言葉(メ ッセージ)④

人生最後の日を感謝で迎えるために。
1000人以上を看取った医師が出合った18の実話(ストーリー)から、後悔しない人生のために知っておきたい珠玉のメッセージを9回にわたって紹介します。

ストーリー4 逝くものと残るものを結わえてくれる言葉

桐谷さんの頬をゆるませた、娘さんの優しさ

 
50代男性の桐谷さんは、原発不明がんという手ごわいがんでした。治療を受けるために私が勤める病院へ移ってきましたが、病勢の悪化は次第に彼の体を蝕(むしば)んでいきました。
 桐谷さんは年齢の割に童顔で、七福神の恵比寿さんのような風貌でした。非常に気遣いが細やかな方で、看護師も一般には「看護師さん」と呼ぶ人が多いのですが、彼は名前で呼びました。私も、気がつくと「大津先生」と呼ばれていて驚きました。主治医と一緒に緩和ケアチームの医師として接するときは「縁の下」の役割ですので、名前を覚えられないこともあるからです(私はそれでいいと思っています)。
「おはようございます、大津先生。いつもありがとうございます」彼のしっかりとした挨拶には、身が引き締まる思いでした。
 そんなある日、桐谷さんのところに回診し、体の具合をうかがうと、私の視野の中にいつもと違うものが、ぴんぴんとその存在を主張しています。ひとしきり話が終わったところで、ちょっと聞いてみることにしました。
「そういえば……桐谷さん、コーラ、お好きなんでしたっけ?」ベッド脇のテーブルには、8本のコーラのペットボトル。500㎖が8本、計4000㎖。オリジナル、カロリーゼロ、○○ネックスと多様な品揃えです。
「ああ、それですか。娘が買ってきてくれたんですよ」少し微笑んだ彼。中学生の娘さんがお見舞いで、持ってきてくれたとのこと。
「お見舞いにこられたんですね!」「ええ」とニッコリ。
 入院前、彼は一家の大黒柱でした。彼が重病になり、奥さまが家計のために一生懸命働かなくてはいけなくなりました。さらに住まいから離れた病院での治療だったため、奥さまと2人のお子さんを病室で見かけることはほとんどありませんでした。ですから久方ぶりの娘さんのお見舞い。きっと嬉しかったことでしょう。
「それにしてもたくさん買ってこられたんですね?」「少し前だったかな、娘にメールで『炭酸が飲みたいなあ』と送ったんですよ。それを覚えてくれていたみたいで」「ダイナミックに買ってこられましたね」中学生の娘さんが8本のコーラを運んでいる姿を、私は思い浮かべました。
「いや、ほんと。まさかこんなに買ってくるなんてね」こんなにたくさんのコーラ、もう自分は飲むことができないとわかっていながらも、娘さんの気持ちが嬉しかったのだと思います。「娘はけっこうダイナミックな性格なんです。これ重いでしょう?僕、もうこんなの持てないですよ。僕よりももう力があるんだなあ」
 一緒に回診していた看護師が「久しぶりだったんですか?」と尋ねると、「そうですね。学校もありますからね。なかなか来るのは大変でしょう」「久々に会えて良かったですね」「本当に」
 入院生活の厳しさが、つい硬くする筋肉をゆるませるひと時。「ゆるませる」は漢字で「緩ませる」と書く。それは「緩和」の「緩」、娘さんが頬の筋肉を緩ませ、和やかな時間をつくりました。「優しい娘さんなんですね」「本当に……感謝ですね」

思いは結ばれ、受け継がれる

 部屋を辞してエレベーター待ち。
「それにしても、娘さんも豪快だね。8本も」活発な女の子をイメージした私のひと声に、先ほどの看護師。「めったに来られないからこそ、たくさん買ってきてあげたんですね」
 豪快、なのではない。繊細なのだ。父親譲りのアグレッシブに見えるけれども、心底優しい気持ちの持ち主。病気と対峙し、父として過ごせない彼にとって、それはどれだけ大きな愛であったでしょうか。
 悔しいことですが、彼の病魔はまた静かに進行していきました。抗がん剤も効かず、放射線治療も効かない状態となっていました。
そんなある日、また娘さんがお見舞いに来てくれました。
 娘さんは、自分の夢を語りました。「私、保育士になりたい」恵比寿さんのような桐谷さんは、さらに目尻を下げて、優しい声でこう言ったのです。「うん、いいと思うよ。美貴ちゃんの目指すものだったら、なんだっていいと思うよ。お父さんは、いいと思う」彼は応援の言葉を伝えました。そして、それは彼の遺言でもあったのです。
 ゆいごん。遺言。結い言。
 それは生の結びの言葉であり、逝くものと残るものを結わえる言葉。先に逝かねばならない桐谷さんは、自分とよく似たところがある、力強いけれども底なしに優しい娘が、自分の夢を見つけて歩き始めていることを喜んでいたのだと思います。そして父親の最後の仕事として、力強く、そして優しく、背中を押してあげたかったのではないでしょうか。
 娘さんの気持ちを受け取っての、独り立ちする者へ贈られたゆいの言葉でした。

大津 秀一(おおつしゅういち)1976年生まれ。茨城県出身。岐阜大学医学部卒業。緩和医療医。多数の終末期患者の診療に携わる一方、著述・講演活動を通じて緩和医療や死生観の問題などについて広く一般に問いかけを続けている。

「幸せな 人生」に必要な たった1つの言葉
 

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