コラム

「幸せな人生」に必要な たった1つの言葉(メ ッセージ)③

人生最後の日を感謝で迎えるために。
1000人以上を看取った医師が出合った18の実話(ストーリー)から、後悔しない人生のために知っておきたい珠玉のメッセージを9回にわたって紹介します。

ストーリー3「感謝の気持ち」は迷わず伝えればいい

逝く者、残る者の戸惑い

 終末期になると、ご本人とご家族の思いは多少すれ違うものです。長年連れ添った夫婦であっても、違うのは当たり前です。それをことさらに意識するようになるのが、死の直前です。だからどうか悲観しないで、自分の家だけがそうなのではないと捉えて、コミュニケーションを絶やさずにいてほしいと思います。
60代男性の須藤さんは、もともとはとても男らしい方でした。決めるべきことはどんどん須藤さんが決め、奥さんと一人娘は、それに従ってついていく、というご家庭でした。しかし定年を迎え、重いがんになった須藤さんは、まるで別人のようになってしまいました。
「どうなっちゃうのかな……?」いつもオドオドし、すぐに涙します。奥さんと娘さんは、驚き、動揺しました。家族に相談もあまりなく何事も強く決断してきた夫であり、父です。
それが、重いがんとわかった途端に「決められない」「オドオドする」「すぐ泣く」という状況になってしまったのです。
 しかし、それは当たり前の変化です。「死」という言葉も頭をよぎる重い病気を前にして、平静でいられる人はけっして多くありません。さまざまな不安や恐怖が胸を支配します。
 彼はよく口にしました。「先生、これでいいんですか?」私は答えます。「いいんですよ」「でも、私、本当は弱いんです」死と直面しても、それでもしっかり生活しているように私には見えました。「ご自分が思われているよりも、須藤さんは強いと思いますよ。けっして弱くないですよ」
 けれども彼は、奥さんや娘さんには叱られてしまうのでした。「お父さん、シャキッとして」「ちゃんと食事を取って、もっと体力をつけないと!」

「ありがとう」と伝えることへのためらい

 
 かつての夫、かつての父の強さを、ご家族は取り戻してほしかったのだと思うのです。
 しかし、がんによくあるように、彼の最後の経過も急でした。瞬く間に体力が低下し、立てなくなってしまい、眠る時間が増えていきました。これは抗がん剤治療をしていなくても、医療用麻薬を使用していなくても、死期が迫れば起こることです。けれども見守る側には、あまりに経過が早く感じられます。しかも医療が進歩した今では、症状緩和によって元気に見える時間が長いため、最後の経過がより急に見えるようです。
 須藤さんの奥さんと娘さんは、最後まで叱咤激励しました。
 そして意識が落ち、最期の時を迎えて「お父さん、今までありがとう」と、ようやく伝えることができました。その言葉は、須藤さんに届いたと私は思います。けれども本人は、すでに臨死期を迎えて意識が低下しており、返事をすることが難しかったのです。
 奥さんと娘さんは悩み続けました。もし。
人生にもしはありません。けれども、もし。
もっと早くに、「ありがとう」そう伝えていたら……。それは難しいことでした。奥さんと娘さんは、もっと須藤さんに長く生きてもらいたかったのです。だから、まるで死を連想させてしまうかのような「ありがとう」という言葉を言わずにきたのです。
 娘さんは「もっと早く、『ありがとう』『本当に頑張っているね、偉いね』『お父さんは、やっぱり私の誇りだよ』と伝えられていたら……」そう涙しました。
 しかし見送る人からの「ありがとう」は、ご本人に「病気が相当悪いのだ」という意味に伝わってしまうこともあります。また伝える側はそれを恐れて、なかなか言いづらいということもあるでしょう。
 私が祖父を見送る時もそうでした。医師である私が「ありがとう」と言うと、祖父にとって本当に最期の宣告に等しくなってしまうのではないかと私は恐れました。散々迷ったあげく、私は絞り出すように「ありがとう」と伝えました。戦争帰りの厳しい祖父です。晩年はめっきり優しい印象になりましたが、その祖父がくしゃくしゃと泣きそうな顔になり、「ありがとう……」と手を伸ばしました。私はその手を取り、そして、ありがとうと繰り返しました。祖父もありがとう、ありがとうと何度も何度も言って、互いの手を力いっぱい握りました。あの時の手の感触は、時が経っても忘れられません。
 それ以降、私の中では確信が得られました。迷わず言えばいい。そして手を握ればいい。逝く側は、おおよそ自分の死を予感しています。ありがとうと言われたからといって、より苦しむということはないでしょう。ただ、心を込めて、万感の思いを込めて、手を握りながら、体をさすりながら、思いを言葉と手に、全身に込めることだと思います。それで伝わるはずです。

大津 秀一(おおつしゅういち)1976年生まれ。茨城県出身。岐阜大学医学部卒業。緩和医療医。多数の終末期患者の診療に携わる一方、著述・講演活動を通じて緩和医療や死生観の問題などについて広く一般に問いかけを続けている。

「幸せな 人生」に必要な たった1つの言葉
 

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