コラム

元新聞記者が会った昭和の偉人たち 世界のホームラン王・王貞治

昭和を駆け抜けた偉人たちの横顔に迫る
 ②世界のホームラン王・王貞治

あの日のことを、私は鮮明に覚えています。
 昭和40年(1965年)初めの朝、私は東京・新宿御苑の正門に近い中華料理店「五十番」を訪ねました。巨人の一塁手・王貞治さんの自宅で、店舗の奥が広い和室になっています。
 間もなく起きてきた王さんに「こんど巨人担当になったので挨拶に来ました」と告げると、「ああ、荒川さんから聞いてるよ。よろしくね」と笑顔で迎えてくれました。
 荒川博さんは当時、巨人の打撃コーチで、王さんにとっては早実高校の大先輩。私にとっても大学野球部の先輩だったので、あらかじめ巨人担当の挨拶をしておいたのです。
ちなみに私も王さんも24歳で同い年でした。
 この後、父親の仕福さんが王さんの前に運んできたのは、丼からあふれそうな特盛りの中華ソバでした。仕福さんは目を細めて言いました。
「これは私が毎朝、貞治のために作っている特製ラーメンです。肉も野菜もたっぷり入ったこの朝ごはんが、貞治のパワーの源なんです」
 この日は巨人の練習日でした。王さんは私を愛車に乗せて巨人の多摩川グラウンドまで同行してくれました。
 
 私は新聞記者になって3年目でした。2年目に東京オリンピックを取材した後、巨人担当になったのですが、当時の巨人は3番・王、4番・長嶋茂雄を軸とする強力打線で、投手には国鉄(当時)から移籍した金田正一がいるスター集団でした。それだけに川上哲治監督も選手たちも、顔なじみの担当記者としか口をきかないチームでしたが、王さんだけは違いました。初めて会った記者のインタビューにも誠実に答え、球場に詰めかけたファンには、時間が許す限りサインをしました。
 巨人担当記者はしばしば新宿の自宅ビルに詰めかけましたが、私たちが帰る時、玄関まで送ってきた仕福さんは必ず「すいません。すいません。貞治をよろしくお願いします」
と頭を深く下げました。そして王さんも、両親との会話はいつも「です、ます」の敬語でした。
 私が驚いたのは、王さんの記憶力です。ある日、自宅で、前の年に樹立した年間ホームランの日本記録について取材すると、王さんは「相手の投手は誰々で、カウント○○からの内角カーブ」と、55本すべての詳細をよどみなく再現してくれました。
 私は3年間、巨人を担当し、春のキャンプから地方遠征まで毎日、巨人ナインと行動を共にしました。
 その後、私は社会部に移りましたが、巨人は計9年間、日本一を続けました。駆け出し記者だった私は、V9の1年目から3年目まで、巨人が日本シリーズで負けるのを見たことがありませんでした。
 
 私が巨人を離れてからも、王さんとの縁は続きました。王さんがホームランの世界記録756号(当時)を樹立した昭和52年(1977年)夏、私は新宿御苑前の王家を訪ねました。王さんが世界新記録を達成したときは社会面でも取り上げることになり、予備取材に伺ったのです。
 結婚した王さんは独立し、王さんが建てた2つ目のビル「第2福富ビル」では、高齢のご両親が窓際でラジオの巨人戦を聴いていました。酷暑の夜なのに冷房もつけず、窓を開け放っているご両親に「暑くないのですか?」と聞くと、仕福さんは笑顔で言いました。
「私はビルを2つ持っているので、今では新宿区の高額納税者です。クーラーはありますが、あれは体に良くありません。夜は自然の風が一番いい。テレビ中継がない時は、ここが一番よく聴こえるのです」
 仕福さんは中国・浙江省の出身です。大正11年(1922年)に日本に来て富山県出身の登美さんと結婚し、東京・墨田区でラーメン店を開いて子どもたちを育てました。
通算868本塁打の王さんが謙虚なスーパースターになったのは、子どもの頃から「決して人と争ってはいけない」と教えた苦労人・仕福さんのおかげでしょう。
 
 私はその後も、何度か目黒区の王家を訪ねました。ある夜、近くに行ったので立ち寄ると「僕もいまナイターから帰ったところだ。
まだ食事前だろう?一緒に食べよう」と誘われました。
 20畳以上もある和室の大テーブルには、刺身や特大ステーキなど和洋中のご馳走が並び、恭子夫人がお手伝いさんと協力して私の分までそろえてくれたのには恐縮しました。 満腹になって門を出ると、待っていた取材用ハイヤーの運転手が興奮していました。
「さっき、お茶と果物をいただきました。『ご苦労さまです』と運んできたのはお手伝いさんかと思ったら、奥さんだったので驚きました」
 この5月、久しぶりに新宿に行ったので御苑前を歩いてみました。しかし高層マンションが建ち並び、王さんの実家ビルがどこにあったのか、見つけることができませんでした。

生原伸久(いくはら・のぶひさ)
産経新聞OB。日本記者クラブ館員。76歳

 

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