コラム

【新連載】「幸せな人生」に必要な たった1つの言葉(メ ッセージ) ①

人生最後の日を感謝で迎えるために1000人以上を看取った医師が出合った18の実話から、後悔しない人生のために知っておきたい珠玉のメッセージを9回にわたって紹介します。

「有り難い今」を実感させてくれた言葉

病気と向き合うことは、本当に大変なことだと思います。医師である私が思わず感動し、尊敬する、そんな頑張る人たちを、私はたくさん知っています。
「先生、ありがとう」と言われると、「ありがとう」はこちらの言葉です、と思います。皆さんの努力に、ひたむきさに、私はいつも学ばせていただいているからです。
先般、ある方から私のブログにメッセージを頂戴しました。紹介します。「ありがとう」を言わなかった父「ありがとう」を言う・書くことの効用について、どうしてもひと言申したくメッセージをしたためました。

30年前、父は胃がんを患いました。手術は成功したもののすぐに肝転移し、診断から1年半の闘病で亡くなりました。不仲な夫婦でしたが、その時の母の看病ぶりは、周囲の誰もが(娘の私も)「なかなかここまではできない」と思うほど、大変に献身的なものでした。しかし父は、そんな母に対してついに1度も「ありがとう」と言わずに亡くなりました。
30年も前ですから本人は告知も受けておらず、もしかしたら思いのほか早く「その時」が来てしまったのかもしれません……でも、父が母に「ありがとう」と言わなかったことに対して、私は今でも心のわだかまりが解けておりません。
時は経って、2012年7月。私が卵巣がんⅢC期であると告知を受けました。その時点では抗がん剤がどれくらい奏効するかわからない、最悪の場合は2013年がないかもしれない、と言われました。
そこで、「父のようなことだけはしたくない」と思っていた私は、それまでにお世話になった方に対してフルネームを書いて「○○さん、××をしてくださって、ありがとう」とパソコンで打ち込み始めました。死ぬまでに、今までにお世話になった全員に対して「ありがとう」という言葉を残しておきたかったのです。打ち始めると、後から後から、いろいろな方からいろいろな親切・御恩を受けてきたことを思い出しました。泣きながら一人ひとりのお名前と「ありがとう」の言葉を打っているうちに、何か心の中でポワッと化学変化が起きました。
「あれれ?私、こんなにも多くの人に支えられている。大丈夫だ。私死ぬわけがない」そんな風に思いました。この時の思いは、闘病の間、大きな支えになりました。自分がたくさんの人に支えられていることが実感でき、希望と力が湧いてきました。「ありがとう」の言葉は、私を彼岸(ひがん)から此岸(しがん)に押し戻してくれたと思います。
今、告知直後で絶望の淵に突き落とされた(と感じている)方、ぜひ「ありがとう」という言葉を声に出したり、書いたりしてみることをお勧めします。

このメッセージは、非常に示唆に富んでいます。健康で、順風満帆な時はなかなか気がつかないものですが、人はたくさんの人に支えられています。今は誰の世話にもなっていない、むしろ世話をするほう。そんな方でも昔々は何もできず、お母さんやお父さんにおむつを替えてもらって、あれこれ教えてもらって、幾多の年月を経て今があるのですよね。生涯で、誰の世話にもならず生きる人はいません。誰の世話にもならず逝く人もいません。全てお互いさまです。けれどもこの世で出会い、関係し、幸せを与えてくれること、そんな「有り難い」ものはない。そう思えば自然にこんこんと湧いてきます、「ありがとう」の言葉が。
Sさんは、お父さまの姿を反面教師にされたのでした。そして「ありがとう」と人に祝福を与えることは、「有り難い人と出会い」「有り難い今」を生きていることを知り、「自分にも祝福を与える」ことであると発見されたのでした。
ある尊敬する先生が、生を全うした最期のことを「完生期」――終わるのではなく、生を完成(完生)するもの――とよぶのだと教えてくださいました。いい言葉だと思います。
日本はこれからますます高齢化が進み、老病死の問題に直面する方は増えるでしょう。完生期とよべる最期をおくるには、より助け合いが必要です。その気持ちを支えるのが、互いに感謝し、祝福する言葉なのではないかと思います。
「ありがとう」は人のために、そして自分のために、紡がれる言葉なのです。

大津 秀一(おおつしゅういち)1976年生まれ。茨城県出身。岐阜大学医学部卒業。緩和医療医。多数の終末期患者の診療に携わる一方、著述・講演活動を通じて緩和医療や死生観の問題などについて広く一般に問いかけを続けている。

「幸せな 人生」に必要な たった1つの言葉
 

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