コラム

人情で生かされた私の半生【1】

「年月は体を老いさせるが前向きに燃えて生きる情熱があれば心は老いない最後の目を閉じるまで前向きに生きよう」
古き良き貧しき時代の北国で、感謝の気持ちを胸に懸命に生きた半生を綴ります。
いつの時代も、人は人の温かさのおかげで生きられるのではないでしょうか。

第25章 脳溢血で倒れる

 主人が免許を取ってから、札幌の問屋トーハン(※)の支店まで月1回の会議があり、石北(せきほく)峠を超えて6時間余りかけて出かけました。店を午後11時ごろに閉めてから車で出発するのです。まだ舗装されていないデコボコのそろばん道路、石北峠もデコボコでカーブが多く、必ず私が運転させられました。運動神経バツグンの主人なのに、どうしてこんなに運転が下手なんだろう?その頃から頭の病気が進んでいたのだろうか?と、今となっては考えてしまいます。主人が運転免許を手にしたのは45歳の時。ほとんど何もせず本や新聞を読んでいて、出版社の人が来たときに対応するだけ。50歳くらいのころから「歯が痛い。虫歯らしきものはないのになあ」と、よく手拭いで冷やしていました。中学(現在の高校)時代に同級生だった人が店のすぐ近くで歯医者をやっていたので、そこへ診察に行きましたが、やはり虫歯はなし。でも痛み止めの薬くらいはもらっていたのかな。耐えられない痛みでもないので、放っておいたのかもしれません。札幌の問屋の集会も列車で行っていました。免許を取ってからは車で……。そんな中で、店を鉄筋コンクリート3階建てに建て替え、明日は引っ越し、という時に突然倒れ、救急車で病院へ運ばれました。脳溢血(のういっけつ)と診断され「手の施しようなし」と先生に冷たく言われました。そんな冷たいこと言わないでなんとかしてよ、と手を合わせ、じゃあ札幌の病院に頼んでみるとすぐに手配してくださり、救急車がすぐに迎えに来て驚きました。お医者さんと看護婦さんが乗っていました。意識不明のはずの主人が、爪を立ててしっかりと私の手をつかんで離しませんでした。札幌の医大の隣にある有名な脳神経外科に救急車が到着し、手術室に入りました。その結果、静脈と動脈が直接つながっており「普通は毛細血管が血液の流れや温度差を調節するのに、直接だから血管が弱って切れたのです」と言われ、歯が痛い痛いと言っていたのは、実は歯ではなく頭だったのです。
※次号に続きます。

下斗米 ミチさん下斗米(しもとまい) ミチ
1923年9月24日 北朝鮮 新義州に生まれる
1971年4月(株)福村書店代表取締役就任 
現在に至る
北見市法人会理事、北見市法人会女性部顧問、北海道中小企業家同友会オホーツク支部相談役、北見市社会福祉協議会評議員、オホーツク地域自治研究所副理事長、ふるさと銀河線再生ネットワーク代表 オホーツク ローカル情報誌『HARU』編集長
著書:北の町に本を届けつづけた女社長のふんばり人生『母さんの風呂敷包み』(扶桑社)

 

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