コラム

1%の力が人生を変えた本当にあった話

1%には人生を変える力がある。
絶望の中にいるときでも、1%なら体も心も動きだせる。
小さいけれど、とてつもない力「1%は誰かのために」と思いながら生きてきた医師、鎌田實先生の近著『1%の力』から、1%の不思議な力にまつわるストーリーの最終回です。

アンゼンなんかどうでもいい時がある

日経新聞の「私の履歴書」で、瀬戸雄三さんというアサヒビールの元社長さんが半生記の連載を書きました。卓越した経営者でした。伝説的な人です。
第1回「最悪の出発 集中治療室から社長へ生え抜き、会社のどん底経験」というタイトルで、彼はこんなことを書きました。
9月1日のアサヒビール社長就任を目前に控えた1992年8月23日、私は長野県茅野市にある病院の集中治療室にいた。病名は急性膵炎(すいえん)。これが続くと膵臓(すいぞう)が壊死し、7割の確率で死に至るという。先生からは絶対安静と言い渡された。
数日前から蓼科の山荘にこもり、就任スピーチの草稿に取りかかっていたのがよくなかった。当時のアサヒは87年に発売したスーパードライの爆発的な勢いが止まり、シェアも89年がピーク。ドライの人気も泡と消えた、そんな声も聞こえてきた。
もう1度成長へのリズム感を取り戻さねば。積極投資で借金は売上高の約1・5倍、1兆4千億に膨らんでいた。
昭和28年頃のアサヒは業界トップの会社だったが、次第にシェアを下げていきました。
そう、僕の父親も飲むビールはアサヒだったが、キリンに変わっていました。シェアは24%から85年には10%までになっていたようです。大げさかもしれないが。地獄を見ていたと思う。
そんな中で思案をしている時、腹痛が始まったのだ。翌朝、諏訪中央病院の救急外来を訪れ、血液データのアミラーゼの反応が出て、急性膵炎の診断を受けました。持病の胆石が原因だった。急性膵炎が重症だと、膵液が腹部に漏れ出すことがある。膵液は臓器を溶かす作用が強く、一度急性膵炎による腹膜炎が起きると命にかかわることがあるのです。
それでも彼は、東京へどうしても帰りたがった。翌朝、東京に帰らせてくださいと主治医に懇願した。
「ダメです。死にますよ」
「お願いします」
「なぜですか?」
「9月1日に社長に就任するんです」と迫った。
困った主治医は、しばらくして院長と一緒に戻ってこられた。院長は「あなたの人生にとっては大切なこと、そこまでおっしゃるなら」 院長の名前は鎌田實さん。後で知ったが、あの有名な先生だ。数日後、看護婦さんと寝台自動車で東京の病院へ直行。
点滴だけの生活で頬はげっそり。就任日の朝も絶食のまま点滴を打ち、病院から出社し、就任挨拶をしたという。
いつも自分だったらと思って患者さんと接している。自分が瀬戸さんと同じ立場だったら、万が一のことがあってもやはり東京に帰りたいだろうと思いました。
大変な状況の会社を背負って、決められた日にきちっとスタートし、社員全員に自分の言葉で強いメッセージを出したいだろうな、と思ったのです。万が一急性膵炎による腹膜炎が起きたとしても、それはそれでしょうがないと、自分だったら考えるだろうなと思いました。
リスクなんて気にしなくていい時があるのです。リスクを承知して、突破すればいいのです。この後、どんなことが起きても、納得できるはず。周りは環境を整えて送り出してあげればいいのです。
瀬戸雄三さんは社長に就任した後、ビールの鮮度にこだわった。フレッシュマネージメントという製造から物流までの大改革を推し進め、勢いを失いかけていたスーパードライを立て直し、ついに45年ぶりにビールのシェアを業界首に押し上げました。
人生の中には、一生に1度か2度は、健康や命よりも大切なものが生じる時があるのです。アンゼンばかりを考えて人生を生きていても、人生は輝いてきません。大切な岐路にさしかかっていると思えた時は、あなたはやりたいことをやればいいのです。アンゼンなんかどうでもいいのです。
せっかく一生に1回だけの人生なのに、確率のいい道を選んで生きるのは、おもしろくありません。もし岐路に立って、行く道の成功する確率がわかっていたら、確率の悪い道の方が絶対におもしろいはず。低い可能性なのに成功させたら、ものすごい自信につながります。万が一、失敗しても、納得しやすい。失敗の後、そこから必ず成功の方法を見つけられる。だから僕は、アンゼンではないリスクの多い道を選んで生きてきました。

鎌田實(かまたみのる)1948年東京都生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業。74年、長野県の諏訪中央病院に赴任。一貫して「健康づくり運動」「住民とともに作る医療」を実践する。現在は諏訪中央病院名誉院長、日本・イラク・メディカルネット代表、東京医科歯科大学臨床教授など要職に就任。『がんばらない』『大・大往生』など著書多数。

1%の力愛する人と自分の大切な仕事を守るために、100%の力を注ぎながら「もう1%」が大切であることに気がつきました。100%を超えて、あと1%。この時、人生は輝きを増すのです。新しい1%の哲学。1%は誰かのために生きてみてください。
鎌田實著 河出書房新社 1,000円+税

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