インタビュー

輝く人107 藤原紀香さん

輝く人 藤原紀香さん

復興に向けてがんばる仲間たちの姿に励まされ、力をもらって前進できた。まさに、ここが私の原点

神戸の大学在学中に1992年度ミス日本グランプリに。変わらぬ美貌と明るいキャラクターでファンを魅了し続ける女優・藤原紀香さん。
芸能界をめざしたきっかけ、国際活動や人道支援活動に目覚めたその思いを伺いました。

人に元気や希望を与えられるこの世界の大きな役割を痛感

どんなお子さまでしたか?

 小学生の私は、ひと言でいえば〝やんちゃ〟。お人形遊びよりも、外で自然と戯たわむれるのが好きで。父と弟と3人で、よく裏山にカブトムシやクワガタ採りに行ったり、釣りや野球も。中学では部活動でバスケに熱中。そこで礼節やチームワークの大切さ、目標に向かってがんばることを学びました。神戸市には200校以上の学校があってバスケも強豪ぞろい。そのなかで、ポイントゲッターのポジションでチームが神戸市3位になれたときは本当にうれしかったですね。高みを目指して夢中になった経験が、さまざまなところで活かされていると思います。

芸能界入りのきっかけは?

 もともと私は、世界を飛びまわり、自分が感動したことを発信していく仕事をしたいと思っていました。『なるほど!ザ・ワールド』の益田由美さんのような。それで、アナウンサーやCAなど可能性のある職業を調べていたら、母が私に内緒でミス日本グランプリコンテストに応募し、受賞。別の人生が始まったのです。それで女優もまた、世界を飛びまわる仕事になりうることを知りました。しかし、両親は芸能界入りに大反対。まさか娘がグランプリを獲るとか、芸能界に行きたいとか言い出すとは思ってもみなかったようです。学業を疎(おろそ)かにせず、単位を1つも落とさず卒業することを条件に、東京への日帰りアルバイトというスタンスでモデルのお仕事を許してもらいました。当時はファッション誌の撮影などを楽しくやっていましたが、大学の授業を受けながら神戸と東京を往復する毎日で体はボロボロ。精神的にもつらく、ついに500円玉くらいの円形脱毛症ができてしまいました。

ご両親をどう説得したのですか?

 大学を卒業後、阪神・淡路大震災が起こり、大きな転機が訪れました。友人たち生き残った若い世代と一緒に高齢者のサポートで訪れた避難所に、テレビなどで活躍する方がボランティアで来てくれて。すると「あの人が来てくれたらしいよ!私たちは一人じゃないんやね」と、それまで蒼あ おざめていたおじいちゃん、おばあちゃんの頬が一瞬で高揚して……。その光景を間近に見たとき、感じたんです。私が目指している芸能界の人々は、ただドラマや映画に出て華やかなだけでなく、誰かに元気や希望も与えられる大切な役割も担っているのだと。もし私が芸能界に入って少しでも知ってもらえる存在になれたら、この社会で役に立つことをどんどんしていきたい、そう心に誓いました。多くの命が一瞬で失われた現実。でも、いま私は生きている。命に感謝し、何らかの使命を全うしなくてはならないのではないか。人生は一度きり。夢を持ち、努力しながら、決めたことを貫きたい。反対していた両親にその想いを伝え「何も援助はいりません。夢を叶えるための一歩を踏ませてください」と懇願。父は最後まで首を縦にふりませんでしたが、母は「それだけ言うならやってみなさい。けれど、これまで私たちが貴女に女性として人として教えてきた大切なことを曲げてまでやらないと大成しない世界なら、きちんと自分で線を引いて帰ってきなさい。それだけは約束よ」と。母の言葉はいまでも忘れません。両親の教えに恥じないようここまでがんばってきたつもりです。上京後、はじめは食べていくのもやっとでした。援助はいらないと上京したものの、和歌山出身の両親からは紀州梅とお米が届きありがたかったです。
オーデイションに落ちたときは、泣きながらご飯と梅干しだけで空腹を満たしたことも。両親の優しさを感じながら、どれだけ仕事がなくても、神戸で復興に向けてがんばっている仲間たちに負けないよう、夢を捨てずに前進しました。まさに、それが私の原点です。

数々の貴重な経験が私の人間力を高めてくれる

慈善活動にも尽くされていますね。

 赤十字の広報特使や国連の活動、そして自身のNPO「SmilePlease☆世界こども基金」など、慈善活動への思いもまた、阪神・淡路大震災がきっかけです。これまでアフガン、ネパール、カンボジアに5つの学校を建設しました。カンボジアの子どもたちが『ふるさと』を日本語で歌ってくれたときは感動で涙が溢れてきて。「僕たちは何も返せないけれど、こんな素晴らしい学校を作ってくれた日本の皆さんにお礼をしたい、だから日本語の歌を勉強しました」と。もちろん現地は過酷な状況で、アフガンなどは寝袋で寝泊まりをして、その上をサソリが歩いたり。体力的には大変ですが、さまざまな経験で人間力が養われ、そのエネルギーが女優業や夫のサポートにも役立っていけばと思います。

読者にメッセージをお願いします。

 先日、クルージングショーをさせていただきました。そこには80代、90代の方もたくさん参加されていて、なかでも95歳の女性が本当にお元気で。杖をお使いなのに各港に着くと躊躇(ちゅうちょ)なく観光へとお出掛けされるんです。そのバイタリティーに感銘を受けました。いくつになっても好奇心に満ち溢れていることが元気の源で、体と心の健康にもつながることを改めて感じました。年齢を重ねると、病気やケガの心配が増えてやりたいことをセーブしがちですが、いまできることを見つけて、勇気をもって1歩を踏み出すことが大切なんですね。

藤原紀香 (ふじわらのりか)
1971年6月28日生まれ。兵庫県出身。1992年ミス日本グランプリ受賞。1995年阪神・淡路大震災後上京し、モデルから女優へ転身。ドラマや映画、ミュージカルや舞台に出演するほか、司会やキャスター、声優などで活躍の場を広げていく。京都国立博物館文化大使就任。一方で慈善活動にも積極的に関わり、アフガニスタンやバングラデシュ、ケニア、カンボジアなどの国々を訪問。「SmilePlease☆世界こども基金」を立ち上げ、国内外の世界の子どもたちの教育支援活動を行っている。

 

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