コラム

命涯(かぎ)りあり知は涯りなし⑪

命涯りあり知は涯りなし

人にはそれぞれの生き方があり、人生にはドラマがある。私もいつの間にか86歳になった。
ふと、あと何年生きられるかと思うことがある。必死に生きてきた私の半生を書いてみたい。

⑪人の心は限りなく欲深い

 敗戦後、台湾引き揚げから間もなく両親を亡くした私は、昼間は薬局で働きながら高校の夜学を卒業した。そして昭和32年4月、倫理研究所へ入所。先輩K先生のかばん持ちからスタートして、朝礼の資料『十分間の教養集』(のちの『職場の教養』)を手掛けた。

青年誌『サンパワー』の発行

 倫理研究所の普及活動も年々活発化して、月刊誌も『新世』『青年』『サンパワー』『倫理』『倫研新報』『秋津書道』『しきなみ』と、合計7種の編集・発行をしていくことになったが、昭和51年の新年号から、『青年』と『サンパワー』を合併して『サンパワー』として発行。一般企業で働く青年たちへ向けて再発行する形となった。
 ちょうどそのころ、倫理研究所ではアフリカ・タンザニアのムリラ氏(農学博士)と、つくば支所の折原トシ子さんとのご縁がで
き、タンザニアとの交流がはじまった。平成2年以降には丸山理事長が現地へ訪問して交流が盛んになった。
 その後、講演会を開いたり、編集部から取材に出掛けたりするなかで、担当者が「現地の画家の卵に描かせた絵を『サンパワー』の表紙にしたい」ということで、日本大使館に勤務していたKさんが、その絵を借りてきてくれた。絵の構図は素朴で、灼熱の太陽に包まれた大草原にライオンやキリンなどの動物と現地人が、大胆な原色で画面からはみ出るような迫力で描かれ、いかにも南国タンザニアを想起させる暖かい色彩が印象的であった。
 早速その絵は、平成8年の新年号から1年間、『サンパワー』の表紙を彩いろどり、大役を果たしてくれたことに部員一同、感謝していた。

大切な原画の紛失

 どこの会社にも定期的な社内異動はあるものだ。平成7年『丸山敏雄全集29刊・30冊』が無事完成した。大変な仕事であり作業であったが、その検索システムの中心として働いた優秀なI氏が、わが編集部長として配属され、私は彼から学ぶことが多かっただけに大歓迎で部員たちと迎え入れた。仕事も軌道に乗ったころ、思いがけない大事件が起きた。
 タンザニアで日本大使館に勤務していたKさんから「お貸しした絵を返してほしい」という申し出があったのだ。返却のため、担当者が保管していた絵を探したが、なぜかどこにも見当たらない。実は、編集部の1番上の棚に一式保管していた絵を、着任したばかりのI部長が、年末の大掃除の折に不用品と間違えてゴミの回収に出してしまったのだ。さあ大変!大慌てで東京都の清掃課まで探しに行ったが、すでに「後の祭」であった。
 私は早速Kさんに事情を話し、タンザニアへお詫びの手紙を何度も送ったが、Kさんからのお返事はまったくなかった。Kさんから絵をお借りしてきた前任者の部長にも、Kさんへ取り次いでくださるようお願いをしてみたが、体(てい)よく断られてしまった。正に「万事休す」であった。

賠償金の問題と責任

 後は、どのようにして紛失した責任と損害賠償(そんがいばいしょう)をするかという問題になった。最終的には、本部の最高決議機関である常任理事会に委(ゆだ)ねることになり、出された結論は、次の3つであった。
①賠償金として倫理研究所からKさんへ100万円を支払う
②原画と同じものを複製してお届けする
③担当者の責任問題(減俸・異動処分など)
 幸い会員企業には、優秀な印刷所が何社もあり、そのなかで美術工芸関係の印刷で特筆すべきM社に、複製品の製作を依頼することになった。社運をかけての重大な仕事は3カ月におよび、「これ以上は無理です」と言われるまで1枚1枚の校正を実に丁寧にしてくださった。素人目にもタテヨコ40センチの立派な製品が12枚できあがり、来日されるKさんにも、きっとご満足いただけるに違いない、とひそかに安堵(あんど)した。
 ちなみに製作費用は100万円を要し、これは責任者2人で折半することになった。50万円と月々の減俸で、男の子6人を育てていたわが家では思いがけない出費となった。妻に率直に事情を話したところ、「命にかかわることでなくて良かったじゃないの」と、あっさり了承してくれた。
 これで②と③は、半分はクリアすることができた。

上司としての責任

 後日、Kさんが神戸の墓参りの途中ということで来訪された。応接室で理事長からのお詫びと、賠償金100万円を手渡していただいた。あとのことは実務者同志の相談となったが、実に残念なことには、苦労して作成した複製品には目もくれず、「自分には古びた元の原画の方がいい」と主張された。重々お詫びをしたが、最終的にKさんは、「今後、日本の大学へ通いたいので、その学費を出してもらいたい」という代案の要望を出された。
 それは主旨が違うので丁重にお断りしたが、Kさんは、はじめから複製品は不要だったのだ。そのことを事前に手紙で確認できれば良かったと悔いが残った。
 この一件で、本部には大変ご迷惑をお掛けしたが、ほかの編集部員に一人も弊害をおよぼさずに終結したことは、長い研究員生活で上司として、せめてもの救いであった。

木村重男さん木村重男(きむらしげお)
1933(昭和8)年生まれ85歳
一般社団法人倫理研究所 参与。
文部科学大臣から社会教育功労賞を受賞。著書に『夫婦の玉手箱』『豊かな人生を拓く玉手箱』など多数

 

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