インタビュー

輝く人102 ダンカンさん

輝く人102 ダンカンさん

きれいごとではすまされない介護の闇を目の当たりに

タレント・俳優・放送作家・劇作家・映画監督など、さまざまな顔を持つダンカンさん。
芸能界入りを振り返るとともに、自身の小説『パブロフの人』を通して、介護に関する思いを伺いました。

漫画で見た夢の世界が作り手としての僕の原点

子どものころのダンカンさんについて教えてください。

 小学校低学年くらいまで、男の子の友達が全然できなくて、いつも女の子のなかに混じって遊んでいるような子どもでした。当時、男女別で編成されていた登校班も、駄々をこねて女の子グループに入れてもらったほど、女の子が大好きだったよね。というのは冗談として、子どものころの僕はとにかく病弱で、病院通いばかり。楽しみといえば、その長い待合時間に「少年サンデー」などの漫画雑誌を読むことでした。でも、漫画を通していろいろな世界を見せてもらいましたよ。赤塚不二夫さんの作品では、虫が人間みたいに話をしたり、ロボットを操作して敵を倒したり……。それがすごく面白くて夢中になって読んだり、絵を真似て描いたりしていました。その流れで高学年になると、自分でも漫画を描くようになったんです。すると、友達の間で評判になってね。僕は勉強やスポーツはからっきしダメだったけど、漫画が描けるヤツってことで有名人でした。

お笑いの道を目指したのはそのころからですか。

 いいえ。確か、20歳になる前だったか、当時のお笑い番組を観ていて、「僕ならもっと面白いものができる」と友人とお笑いライブを企画したことがあって。それをきっかけに、新作落語の三遊亭円丈さんと出会い、オリジナルのネタで寄席の前座をやらせてもらうことになったんです。そこから「お笑いって楽しい!これでお金がもらえるなら最高!」という思いが芽生え、落語家を目指して、立川談志師匠のもとに入門しました。ところが、古典落語の世界は自分の肌には合わなくて門下の問題児に。最終的には、迷惑ばかり掛けた談志師匠に助けられ「たけし軍団」の仲間入りをしました。

そこでダンカンさんの才能が開花したんですね。

 小学生時代に漫画で培つちかった想像力を発揮するときがやってきたのかな。軍団に入ってからわずか1カ月、『たけしの元気が出るテレビ』放送2回目から演者のほか作家としても参加することになりました。それからは、番組制作のたたき台になるものを書いてくれと言われれば、寝る間も惜しんで書きましたよ。収録終わり、皆が飲み会で盛り上がっているころ、僕は夜中の2時、3時までスタッフと打ち合わせ。ひたすらコントを書き続け、睡眠時間30分というのもザラでした。アイデアを絞り出す作業は苦痛そのものでしたが、楽しかった。自分が考えたものがテレビで放送されることに達成感がありましたし、何より、たけしさんが「面白い!」と言って喜んでくれるのがうれしかったんです。

ヘルパーの実習で知った介護のシビアな現状

小説『パブロフの人』は、お笑いとは全く違う一面があります。書こうと思ったきっかけは?

 当時、乳がんで闘病していた妻の影響で、「人間は人のために生きないといけない」という思いが生まれていました。その1つの手段が介護をテーマにした小説を書くことだったんです。でも、真の介護が何か知らないまま上っ面の知識だけで物語を書くのは失礼じゃないですか。そこで通信講座で介護について勉強し、施設や在宅での実習を積んでホームヘルパー2級を取得しました。正直、きれいごとではすまされない介護の闇の部分を目の当たりにしたのは貴重な経験でした。それをシビアに盛り込むことで、いろいろな立場の人が、さまざまに考えることができる作品に仕上がったのではないかと思います。またヘルパーの経験を経て、「介護できる幸せ」もあると感じています。というのも、僕の父は57歳で倒れて突然植物状態になり、そのまま帰らぬ人となってしまいました。ヘルパーの資格を取った矢先、そのときがくれば専門家の目線を生かした介護ができると思っていたのに、父を介護したくてもできなかった。子孝行な親だったのかもしれませんが、僕としてはどこか無念の思いが残っています。

読者にメッセージをいただけますか。

 残りの人生、悔いがないよう楽しいことを全力でやりましょう。親なら誰しも、「子どもには子どもの人生を存分に生きてほしい」と思うでしょ。そのためには、親は親の人生を一番に考えて、毎日を楽しむべきじゃないですか。ボケて、子どもの人生を狂わすようなことがないよう、自分のことは自分で責任を持たなくちゃ。そして、ピンピンコロリ!で逝けたら御の字です。

ダンカン( だんかん)本名、飯塚実(いいづかみのる)。
1959年生まれ。埼玉県出身。
立川流の落語家を経て、たけし軍団入り。お笑いタレントとしてバラエティに出演する一方、ドラマや映画にも出演し俳優としても活躍。さらに、放送作家や劇作家の才能も発揮し、2005年には映画『七人の弔』で監督・脚本を務めた。2012年にはホームヘルパー2級の資格を取得し、介護小説『パブロフの人』で作家デビュー。2018年には自身が所属するオフィス北野の取締役に就任した。

 

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